じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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[写真] [写真]

[写真] モンゴル旅行中、峠や山頂で見かけたオボー。こちらのサイトによれば、
オボーとは丘や峠の頂上などに大きな石を円錐状に積み上げたもので土地の守護神が宿るとされており、石積みの真ん中に立てられた柳の枝にはラマ教の経文の書かれた青い布きれが結びつけられている。ここでは雨乞いや疫病払い、またはオボー祭りという一種の地鎮祭が行われるほか、モンゴルの人たちが遠くへ旅に出るときには必ずお参りをしていく場所でもある。
ということであり、チベットのタルチョ(こちらや、こちらに写真あり)とはかなり性格が異なっているようだ。

 右の写真にあるように、オボーの中には、松葉杖や動物の頭蓋骨なども埋め込まれていた。


8月25日(土)

【思ったこと】
_70825(土)[旅行]モンゴルで思ったこと(3)「ABU未来への航海2007:モンゴル大草原で地球を考えた」

 8月25日の夕食時、

「ABU未来への航海2007」: 「モンゴル大草原で地球を考えた」〜アジアの10代の環境日誌〜

という番組を視た。ABUとは「アジア太平洋放送連合」のことで、この連合に加盟する放送機関が少年少女が派遣され、学習の様子は番組にまとめアジア各地の放送局で放送される企画。

 2007年度は「草原の砂漠化の防止」がテーマであり、7月21日(土)〜7月30日(月)まで10日間にわたってモンゴルで実施され、アジア9つの放送局からモンゴルに集まった30人の子どもたちが伝統的な遊牧民の暮らしを体験するとともに草原を取り巻く危機的状況について学習を深めた。

 今回、私自身のほうが参加したツアーはモンゴル北部の比較的雨の多い地域を回るものであった、実際、2回ほど大雨に見舞われており、砂漠化はあまり意識しなかったが、言われてみれば確かに、乾いた土が露出しているところも各所にあり、晴れた日には車が通る度に砂埃が巻き上がっていた。

 いっぽう、子どもたち(←といっても実際に参加したのは中高校生であり「青年」に近いように見えた)が訪れたのは、ユンシーン草原、ホスタイ国立公園、バルンハラー草原の3箇所であった。念のため、私の方の地図に重ね合わせてみると、こちらの図の赤丸白抜きの1、2,3の位置が、それぞれ、ユンシーン草原、ホスタイ国立公園、バルンハラー草原のあたりになるようだ。丸1と丸3は、かなり近くを通っていたようであり、実際、車からは似たような景色が見えていた。

 最初の訪問地、ユンシーン草原では、砂漠化が深刻であることが見て取れたが、その原因は単なる雨不足、あるいは地球温暖化によるものではなさそうであった。番組でも紹介されていたように、かつての社会主義体制下では家畜の私有は禁じられていたが、1992年、モンゴル人民共和国からモンゴル国へと改称され、社会主義は完全に放棄された。それ自体は良かったとも言えるが、市場経済となると、遊牧民たちはできるだけ家畜を殖やし、しかも、乳製品が高く売れる都市近郊に集まってくる。結果的に、都市近郊の草原は過密化した家畜たちによって食い尽くされ、保水機能が低下することの悪循環でさらに砂漠化が進む。いっぽう、最後に紹介されたバルンハラー草原のように、草原を共同体で管理し、数年単位で、放牧地と放牧禁止地のローテーションを行えば、十分な緑が確保できるように見えた。但し、地球温暖化の影響は皆無ではなく、降水量の絶対的な減少傾向があることも考慮に入れておく必要がある。

 旅行中に見た限りでは、ダムを造り灌漑を行えばもっと耕作地を増やせるようにも思えた。しかし、ダムで管理してしまうと、その下流域では水量が減り、結果的に砂漠化が進んでしまう恐れもある。せめてモンゴルくらいは、遊牧民の人たちの生活を最優先で守りたいものである。