じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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[今日の写真]
 早朝の散歩道にポイ捨てされた、ゴミ、吸い殻、空き缶が目立つようになった。この季節特有の現象なのか、散歩時にゴミ撤去のボランティアをしている方が何らかの事情で来られなくなったのかは分からないが、とにかく、ポイ捨て行為は腹立たしい限りだ。

 こういう行為を無くすには、まず、自分の住む町を愛し、美しい環境を守る行為自体が強化的になるような教育や啓発が必要である。

 しかし、こういう迷惑行為をする不心得者というのは、ごく少数かつ、教育や啓発の効果が及ばない逸脱者であることが多い。従って、例えば空き缶のデポジット制を導入するとか、ごみ捨ての多い場所には監視カメラを設置して常習者を摘発するとか、ポイ捨てられた空き缶やゴミ袋から指紋を採取するなどの対策が必要であると思う。

 この日記でも何度か書いたことがあるが、道路脇のゴミを拾い集めるボランティア活動をするというのは、必ずしも妥当な美化対策とは言えない。ポイ捨てのゴミは、落ち葉ではない。ボランティア活動の最中には、ゴミが無くなってよかったねと喜ぶのではなく、ポイ捨て者の行為を徹底的に憎み、怒り、断じて許さないという強い決意を醸成することが大切であると思う。



8月1日(水)

【ちょっと思ったこと】

安倍内閣続投か

 各種報道によれば、安倍総理大臣は1日、赤城・農林水産大臣を総理大臣官邸に呼び、「1から出直してはいかがか」と述べ、辞表の提出を促し、事実上、更迭した。このニュースをめぐっては、赤城氏本人が主体的に辞意を表明し受理されたという受け止めもあるようだが、直前まで「内閣改造まで頑張る」と言っていた赤城氏が突然「辞任を決意」したのでは一貫性に欠けるように思えるし、また、更迭されたことをかばったり言い訳しているようでは、またかあ、と、ますます悪印象を募らせかねないようにも思える。

 さて、当の安倍総理大臣ご自身であるが、理屈の上では、まだまだ続投できるチャンスは残っているとは思う。しかし、日本には「潔い」を重んじる文化がある。赤城氏に向けた「1から出直してはいかがか」という言葉を自らにも発したほうが、ご自身にとっても、自民党にとってもプラスになるのではないいかと思う。

 ところで、いま、日本には依然として「潔い」を良しとする文化があると述べた(←小泉・前首相については、さまざまな批判も浴びせられているが、とにかく、潔いというイメージが強かった)。その一方、かつて重んじられていた「家柄」や「血筋」は、今の日本では必ずしもプラスには働いていないように思える。安倍晋三氏は、安倍晋太郎氏次男、岸信介氏の孫として知られており、私立の小・中・高・大学をストレートで卒業したことで知られている。しかし戦前ならともかく、今の日本では、こうした家柄は、むしろ、「オボッチャマ」というマイナスイメージに繋がってしまう。参院選敗北後にも中曽根康弘氏から「あんたのお祖父さんの岸信介を目指せ!」というような激励を受けたことが報じられているが、これも、(私的な会話ならともかく)一般世間に伝えられると逆にマイナスイメージになってしまう。世間が評価するのは、あくまで、独立した人間としての安倍氏である。安倍氏の父、祖父、大叔父が誰であるかによってプラスの評価が加わるわけではない。

 これは政見や思想と無関係のイメージ戦略の視点になるが、リーダーとなるような政治家は、できる限り、父親や祖父とは異なる、という独自性をアピールしたほうがいいと思う。田中眞紀子氏や、ブッシュ大統領(George Walker Bush)などは、さんざん批判は浴びせられているけれども、とにかく、父親とは異なる独自のイメージを十分に発揮している(吉田茂氏を祖父にもつ麻生太郎氏も同様)。その点では、安倍晋三氏は、まだまだ独自性が少なく、蜃気楼(←田中眞紀子氏の表現)に操られているような印象さえ受ける。

 自民党内には、「挙党態勢を重視し、各派閥に配慮すべきだ」という意見があるというが、各派閥にお伺いをたてるような八方美人的な改造人事をやっているようでは、対外的にはますます、リーダーシップが疑われ、自民党自体を崩壊させていくことになるものと思われる。

 では、安倍晋三氏に代わる首相候補はあるか、ということになるが、イメージ戦略的に最有力と思われるのは小池百合子氏、このほか、あまり歓迎されないと思うが、小泉前首相の再登板などというサプライズもありうる。意外だが、何となく期待されそうな方としては、こちらもアリかも。

 安倍晋三氏の続投は、次回の衆院選で自民党を著しく不利に追い込む可能性が高い。そういう意味では、安倍内閣続投をいちばん望んでいるのは、民主党かもしれない。