じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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[今日の写真]
 文学部2階西側バルコニーから眺める半田山と夕焼け。7月25日は夕刻に強い雷雨があり、19時すぎにやっと雨が上がった(↓の記事参照)。


7月25日(水)

【ちょっと思ったこと】

久しぶりの雷雨&停電

 7月25日の岡山は18時台に強い雷雨に見舞われ、18時台はに7.5ミリの降水量が記録された。18時過ぎだったと思うが、大学構内では落雷によると見られる20分以上の停電となった。落雷による10分以上の停電というのは、最近ではあまり記憶が無い。この日はちょうど会議中で、停電中は、文字が読めないほどの薄暗い会議室でマイク無し、エアコン無し(←しばらくたって窓を開けた)で議事が続けられた。

 長時間会議の最中には、しばしば、研究室のパソコンのバックアップ、ウィルスチェック、最適化作業などをすることが多いのだが、この日はたまたま電源を落としており、停電による被害は免れた。

 停電になると、家庭内では、照明やエアコン、テレビが使えなくなるほか、最近では、お風呂(給湯や温度の自動調節)、トイレ(ウォッシュレット)など、思いもよらぬところで不便となる。子どもの頃、停電時に蝋燭を灯してお風呂にはいった記憶があるが、今どきのお風呂では、復旧するまで入ることができない。
【思ったこと】
_70725(水)[心理]卒論研究中間発表(1)

 一週間前の木曜日に、卒論研究の中間発表会が行われた。今年度からは新課程の卒論生が登場。旧課程の時は3年次に心理学研究法II(プレ卒論研究)の授業があったのに対して、新課程では4年次になって初めてゼミに所属して個人研究に取り組む。ということもあって、準備不足が心配されたが、全員、そこそこの成果を公表することができた。以下、気づいた点をいくつか、述べることにしたい。今回は主として、高齢者をテーマにした研究。





 まず、若者と高齢者の交流を促進するために、若者側にどのような「お付き合いスキル」が必要かを検討する研究があった。昨年度以前にも似たような研究がありその時にもコメントしたことだが、この種の研究では、「お付き合いスキル」として何が求められるかを検討する以前に、そもそも若者と高齢者の交流はなぜ必要なのか、について前提を確認しておく必要があるように思う。

 昨日の日記でも問題にした地震・避難所での支援活動、あるいは高齢者福祉施設で活動する若者にとっては、その種の「お付き合いスキル」が必要であることは言うまでも無い。しかし、比較的生活にゆとりのあり、当面健康上不安の無いお年寄りであった場合は、必ずしも若者との交流を求めていない場合もある。実際、私自身など、隠居老人の身になった時は、花壇や畑を耕したり、近くの野山を散歩したりして静かに老後を過ごしたいという気持ちが強い。そんなところに若者がやってきて、あれやこれやとインタビューしたり、慰問活動の押し売りをされたのでは、邪魔で邪魔で耐えられないという気がする。年老いた世代から若者世代への文化伝統の継承は大切だとは思うが、だからと言って、常に「交流」に意義を見出せるとは限らない。要するに、交流のニーズとしてどういうものがあるのかを精査した上で、それぞれの状況にカスタマイズされた「お付き合いスキル」を確立する必要があるのではないかというのが私の考え。




 次に、老後感における離脱理論vs活動理論を問い直すという内容の研究があった。この種の研究の難しさは、どういう人を対象に調査するのかという点にある。昨年度に行われた類似の卒論研究では、地域で活動する「元気なお年寄り」へのインタビューが行われていたが、そういう人々を対象とする限りはどうしても「活動理論」志向になってしまう。今回発表の研究では、65歳以上の人の書いたエッセイ10冊の記述内容を分類したり、大学生やその親世代や高齢世代を対象に質問紙調査を行っているということであったが、いずれの場合も、真の離脱理論実践者の情報は得られにくいという難点がある。なぜなら、真の離脱理論者は「離脱理論のススメ」などというエッセイは書かない。「貧乏のススメ」というような本を出版して印税で豪邸を建ててリッチな生活をしているようなものだ。

 ま、そうは言っても、活動理論から次第に離脱理論へ移行しつつある人たちのデータはとれるのではないかと思う。




 3番目として、死に対する宗教的視点と科学的視点を比較するとうい内容の研究があった。現時点では浄土真宗僧侶2名に90分間の面接調査を実施しており、今後はキリスト者や医師、看護師からも面接を行う予定であるということであったが、仏教やキリスト教や科学的視点について調べるというのであれば、まずそれらの宗教書や、各種哲学、科学的視点から書かれた各種の文献をまず読むべきであろう。お坊さんから話を聞いてきてそれを紹介するというだけに終わってしまうと、これでは、「心理学について調べようと思ったが本を読むのは面倒なので心理学の先生のところに直接話を聴きに行ってきた」というのと同じことになってしまう。心理学の研究として行うのであれば、例えば教義と実践の間の矛盾や葛藤、緩和ケアにおける宗教的サポートの効果などに目を向けたほうが生産的であるように思った。

 次回に続く。