じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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[今日の写真]
時計台前の広場で、アメリカフウ、カイノキ(楷樹)、サクラ、ケヤキなどの紅葉・黄葉が見頃となってきた。写真左は、今の時期に最も鮮やかな赤に紅葉するナンキンハゼの仲間。農学部構内にあるナンキンハゼとは異なった形をしており正式な樹名は分からない。大学の樹種台帳には「ナンキンハゼ」と記されているそうだが...。



10月25日(水)

【思ったこと】
_61025(水)[教育]高校で地歴を必修にする必要はあるのか?(2)入試と無関係であればこそ面白さが伝えられる

 昨日の日記の続き。

 朝日新聞社が10月25日11時現在でまとめたところによれば、必修とされている世界史、あるいは日本史・世界史・地理のうち1科目だけしか履修させていなかった高校は、岩手、山形、愛媛、宮崎各県など、少なくとも計10道県の公立高63校にのぼり、私立も含めると12道県66校になるとか。この数はさらに増えるものと予想される。

 昨日の日記でも書いたが、私は、
  1. 学習指導要領に定められている以上は、それを守るのが当然。
  2. 但し、そのこととは別に、高校で、歴史や地理の授業をあれほどまでに詳しく教える必要があるのかどうかについては、根本に立ち返った議論が必要
という考えを持っている。

 このうち、2番目の議論に関して、念のため、大学入試センターの18年度試験問題をざっと閲覧してみたが、正直なところ、世界史や日本史の問題は殆ど解けなかった(←地理は、自然に関する問題がけっこう解けたが、これは海外旅行に出かける機会が多いためかと思われる)。

 私は現在は文学部教員という立場にあるが、高校時代は理系志望であり、入試の時は日本史一科目だけで受験した。もともと中学時代から地理や歴史には殆ど興味が持てず、高校に入って、その焼き直しみたいな形で再び地理や歴史の授業を受けた時には全くウンザリしたものだ。そんなこともあって、高校の授業としての地理や世界史がめでたく終了した時には、ノートや参考書をビリビリに破いて、受験に必要な暗記の弊害にならぬよう、できるだけ早く記憶から消し去ろうとしたものである。日本史はのちに大学教員に転身されたN先生のご担当で、内容は面白かったが、受験勉強自体は単に合格するための手段にすぎなかった。入試の3日目には、「大学入試は生涯一度でたくさん。こんな煩わしいこと、もう二度と勉強するもんか」と、持参した日本史の参考書をビリビリに破いて、ホテルのゴミ箱に捨ててきたものである。

 そんなこともあって、私は大学に入ってから再び地理や歴史関係の単位をとろうと思ったことは無かった。しかしそんな私でも、例えば、NHKの「その時歴史が動いた」などは好きな番組の1つであるし、上にも述べたが、一度でも旅行した国であれば、その国の歴史や地理についてはかなりのことを知っている。このほか、高校時代には大嫌いだった古文や漢文なども、同僚の公開講義やテレビの教養番組として聴く限りにおいてはとっても楽しい。 要するに、受験を意識して無理矢理詰め込もうとすると、頑張れば頑張るほど、それを学ぶことが嫌いになっていく。逆に、覚えても覚えなくてもいいですよ、という気楽な雰囲気の中で話を伺えば自然に頭に入っていくものなのである。

 「高校で地理や歴史をちゃんと教えておかないと将来大変なことになる」という議論は、一見、説得力を持つが、これは

●高校で教わったことは決して忘れない

という誤った前提に立った議論であると私は思う。高校では、地理や歴史の意義、研究の基本的方法、学問としての面白さだけ伝えておけばそれで十分。詰め込みではなくそういう教え方をしておいたほうが、大学入学後にそれらの領域に興味を持てるし、生涯学習にも役立てると思う。今回、履修漏れが発覚した66校(10月25日現在)では、卒業までに何らかの補講を行う必要があるとは思うが、学習指導要領に盛り込まれた内容は守るとして、とにかく詰め込みを排し、面白さだけをつたえるような補講をめざしてもらいたいと思う。


 次回に続く。