じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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[今日の写真] 大学本部前に出現したテント群 近くの案内看板によれば、五十周年記念館で開催されている催し(8/19〜8/27)のアトラクションのようだ。
大学の教育・研究とはあまり関係なさそうだが、法人化後の大学経営にとって、民間団体からの多額の施設使用料収入が入るのはありがたいことだ。多少気になるのは、こんなに長期間開催していて果たして相応の入場者が見込めるのかどうかということ。どうやって人集めをしているのだろう。




8月20日(日)

【思ったこと】
_60820(日)[心理]「学習療法」認知症に効く?(1)

 8月20日の朝日新聞(大阪本社)2面「時時刻々」欄に、

「学習療法」認知症に効く?/毎日、単純計算や音読/介護施設275カ所採用/「脳トレ」川島教授が考案/専門家静観 進まぬ議論/専門誌掲載 急速に拡大

という見出しの記事があった(田村健二記者)。その概要は以下の通り(←長谷川による要約・改変あり。赤字部分は長谷川の補足)。
  1. 認知症の進行を抑える目的で、簡単な計算や音読を中心とした「学習療法」に取り組む高齢者施設が増え続け、全国で300施設に達しようとしている。
  2. 考案者は、「脳トレ」のブームを巻き起こした川島隆太・東北大教授。
  3. 「学習療法」は川島教授らが商標登録している。2004年7月に設立された「くもん学習療法センター」が教材やノウハウの普及を担当。
  4. 個々の能力に応じて、誰でも100点満点が取れるような問題を用意。スタッフは目の前ですぐに採点し、「よくできましたね」などと褒める。
  5. 「音読と計算は認知症の人の前頭葉機能を改善する」というタイトルの川島教授らの論文が、米国の専門誌「老年学雑誌 シリーズa・生物科学と医科学」に掲載された。このお墨付きにより、全国で急速に広まったと言える(←この部分は記者の考えか?)。
  6. 「学習療法」の効果については、「何が効いているのか不明」、「療法を実施した実験群と、実施しない対照群との間で、スタッフとの交流が同程度あるようにしないと科学的に証明したことにはならない(←「学習療法」の効果ではなく、スタッフとの交流機会を増やしたことが改善につながった可能性がある)といった批判がある。
  7. これに対して、川島氏は「学習療法全体としての効果は十分示したつもり」と反論。効果がないというなら、ないというデータを本業の人が出せばいい、というわけだ(←この部分は、記者の解釈か?)。
  8. 認知症の専門家たちの中には、正面から異を唱える人はほとんどいない。
  9. 本間昭・東京都老人総合研究所・参事研究員は「音読計算が本当に効いているのかは分からない。でも、お年寄りに満足感や達成感を持ってもらう試みは、やはり意味がある」。
  10. 効果を疑う人たちも、「何もしないよりは、ずっといい」。

なお、ネットで検索したところ、御本家の学習療法研究会の公式サイトがあることが分かった。そのサイトには、学習療法の紹介や、学習療法士認定研修会の案内などが掲載されていた。




 以上の記事を読んで私が思ったことは以下の通りだ。
  • (1)セラピー(ここでは「療法」)には、治療手段としてのセラピーと、それ自体が楽しみであるような、つまり、それ自体を目的として実施するセラピーがある。このことを区別して議論しないと混乱する。
  • (2)セラピーは、いろいろな働きかけをパッケージにして実施することが原則。「何が効いているのか分からない」という疑義が出るのは当然であるとしても、結局のところ、実験では、包括的な効果しか検証できない。
  • (3)「実験検討により有意差があった」というだけでは医療効果の検証としては不十分。例えば、ある「薬」に血圧を平均1mHg下げる作用があることが統計的に有意に確認されたからといって、その程度では実用的効果は期待できない。
  • (4)セラピーは治療薬ではない。その効き目の程度は、対象者によって異なる。大勢の人の平均値の変化をもって画一的に考えるのではなく、個々人本位で精密にアセスメントを実施し、最適なメニューを用意することが肝要。
 このような考え方は、すでに2001年12月発行の紀要論文で述べてある。ご興味をお持ちの方はぜひご高覧いただきたい。

 なお上記の4点について、今回の記事との関連を補足しておくと、

 まず(1)であるが、学習療法研究会の公式サイトを拝見する限りにおいては、どうやら、このセラピーは医療効果を主たる目的としたものであるように拝察される。しかし、いくら効果が期待できたとしても、もし認知症高齢者の生活時間の大半が音読と計算で占められるようになったとすると、果たしてそれが、認知症高齢者のQOLの向上をもたらしていると言えるのかどうか、疑問が出てくる。少なくとも私自身は、ドリルに明け暮れるような日々で人生を終わりたくはない。

 そうではなくて、あくまで「医療効果があるならそれにこしたことはないが、能動的・主体的に楽しんでもらうことが第一」という姿勢を貫くのであれば、高齢者とスタッフの交流はもっと多様であってもよいはずだ。

 ちなみに、オーストラリアのダイバージョナルセラピーのコンテンツで紹介しているように、頭を使うパズルやゲームのようなものは、ダイバージョナルセラピーの一環としてすでに実施されている。但しそれは、純粋に医療効果を狙ったものではなく、むしろ、「目的をもった遊び」として位置づけられている。

 時間が無くなったので、(2)以下の補足は明日以降に記すこととしたい。