じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



2月のインデックスへ戻る
最新版へ戻る
[今日の写真] 2月27日の夜は教室の予餞会(卒業生を送り出すパーティ)があった。私が冬ソナのことばかり日記に書いているので、とうとう、ゼミの卒業生たちから
●チュンサンかつらセット(かつら、メガネ、マフラー)
のプレゼントを貰うはめになった。写真は、実際にそれをつけてみたところ。会場が暗かったのでブレてしまっているが、あまり格好のいい写真ではないので、この程度にボカされていたほうがいいかも。なお、私の知りうる限りでは、「冬ソナ」のドラマを実際に視たことのある学生は一人も居ない。


2月27日(月)

【思ったこと】
_60227(月)[一般]金メダリスト荒川静香選手から学んだこと

 荒川静香選手の金メダル獲得が伝えられた25日の夜に放送されたNHKスペシャル「荒川静香 金メダルへの道」をDVDに録画していたが、本日やっと最後まで見終えることができた。

 決められたメニューに従ってひたすら練習するというのではなく、いくつかの岐路で苦渋の選択がありそれらを具体的に1つ1つ克服した上で、その場その場で瞬時に的確に対処したことが、今回の金メダル獲得につながったということがよく分かった。

 あくまで伝えられた内容に限ってのことであるが、番組を拝見して強く感じたのは以下の3点である。
  1. 得点を出すための演技か、美を追求する演技か
  2. 主体的で的確な選択
  3. イナバウアーの本当の価値

 まず1.について。この番組で初めて知ったのだが、フィギュアスケートでは今大会より技術点に新しい採点基準が採用された。これは前回のソルトレークシティ五輪で、フィギュアスケート・ペアの審判買収という八百長事件が発覚し、2組に金メダルを授与する事態になったことを受けたものである。審判の主観を排除するため、(女子の場合)、ジャンプ、スピン、ステップ、スパイラルの4つに詳細な採点基準が定められ、技術判定員が独自に採点を行うことになった。

 ところが、このことによって、荒川選手には非常に不利な状況が生まれた。1つは、荒川選手が得意とするイナバウアーが採点項目から外されたこと、そのいっぽう、荒川選手にとっては相対的に不利なジャンプが高得点になるような基準が作られたことである。2004年世界選手権を征した荒川選手は、2005年世界選手権では9位と惨敗。その後さらに努力と工夫を重ねつつも、スピンの回転不足や技不足により1位になることができなかった。そして、難易度の高いバックエントランスによるスピンを新たに身につけてフランス大会に臨む。これでついにレベル4達成!、優勝かと思いきや、なっなんと、トリプルアクセルで高得点を得た浅田真央選手登場に優勝をさらわれ3位に終わった。

 番組の中でも言及されていたが、荒川選手自身にとっても、美の追求か高得点獲得かというのは大きな葛藤であったようだ。しかし、モスクワ滞在中、インターネットカフェで「点数をねらうのはスポーツ選手として当然。でも美しくあって欲しい」というファンからのメッセージを読み、「技のレベルを上げることばかりでなく、自分らしく美しく滑りたい」と考えるようになる。今回のオリンピックではこれは、イナバウアーを含めた美の追求と、後半に難易度の高い技を配置して高得点を狙うということによって初めて両立できたように思えた。

 安易な成果主義導入、授業評価アンケートにおける評価項目、あるいは行動分析学一般における行動アセスメントの場合も、みなそうだと思うが、客観的な評価基準というのはどうしても、観察・測定のしやすい項目だけに限られてしまう傾向がある。そのことに気づかず、評価得点だけを増やそうとすると、目的の本質を見失うことになりかねない。フィギュアスケートの場合も、評価項目が絞られたことで、観客が美しいという演技が観られにくくなる一方、ジャンプの回転数ばかりに注目が集まり、また結果的に、転倒で演技全体を台無しにしてしまうリスクを増やすことになってしまった。今回のオリンピックで2位、3位の選手がいずれもジャンプで転倒して得点を下げたのは、このことへの警鐘であったようにも思われる。




 2.の「主体的で的確な選択」というのは、昨年12月になって、それまでのタチアナ・タラソワ・コーチとの師弟関係を解消し、新たなコーチとしてニコライ・モロゾフ氏を選んだことにも表れているように思う。コーチの交代は、一般には「演技の方向性がかみ合わなかった事と、タラソワが活動拠点を母国ロシアに移動・特化したため、」とされているが、御本人のインタビューによれば、あの時点のコーチ交代は「私が持っているバリエーションから引き出すには限界があり、実際に滑って見せてくれながら指導してくれる人が必要」であったという理由によるものらしい。師弟関係のしがらみなどあって、一般にはこの種の交代はなかなかできるものではないと思われるが、これはその時点での最善の選択であったようだ。実際、ニコライ・モロゾフ氏の指導により新たに身につけた技と、1.1倍、最高8.0がねらえる「3サルコウ+2トウループ+2ループ」を後半に持ってくるなどの技の配合は、モロゾフ氏の貢献がきわめて大きいように思えた。

 このほか、演技の最中のとっさの判断で3回転を2回転に切り替えて転倒を防いだというのも、主体的で的確な判断の1つであったと言えよう。




 最後に3.であるが、今回の演技にイナバウアーを取り入れたことは、単に美の追求にこだわったというだけではなかった。私が思うに、あれは、演技の最中に「自分らしさ」を失わないための 最大の守り神になっていた。番組ではフリー当日の公開練習のシーンがあったが、その時、金メダル最有力と見られていたスルツカヤ選手は自信が感じられず、荒川選手を気にして視線を送っていた。いっぽうの荒川選手は落ち着いて入念にイナバウアーの練習を繰り返していた。本番の当日、得点対象にならないイナバウアーの練習をするというのは、おそらく、最後まで自分らしさを守りたいという気持ちからだったのだろう。また、実際、演技が始まる直前には、荒川選手はヘッドホーンで耳を塞いで、他の選手の結果が耳に入らないようにしていた。

 今回の金メダル獲得の決め手が、演技後半の「3サルコウ+2トウループ+2ループ」成功にあったとするなら、その直前にイナバウアーを入れたことはまさに絶妙の配置であったと言えよう。実際、荒川選手は、イナバウアーの時だけ観客の声援が聞こえたと言っておられたし、またそこで「自分らしさ」を完全に取り戻すことができたからこそ、最後の大技を完璧に成功させることができたのである。


 以上3点から学ぶべきところは大きい。