じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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[今日の写真] 座主川沿い(大学構内)のサザンカ。このエリアは落葉樹が多いので、今の時期が一番日当たりがよい。



1月28日(土)

【思ったこと】
_60128(土)[心理]私はなぜ冬ソナにハマったのか(1)

 「冬のソナタ」の関連文献をいくつか注文したが(1月27日の日記参照)、それらを読んで影響を受ける前に、なぜ冬ソナにハマってしまったのかについて、私なりの考えをまとめておきたいと思う。

 まず言えることは、「冬ソナ」のブームは2003年〜2004年頃であり今ではすでに過去の作品となっている。私の場合は、たまたまVHSビデオをDVDにダビングしようとしたことがきっかけで見始めてハマったわけだから、少なくともブームの影響を受けたわけではないことは確かだ。

 但し念のため言っておくが、ブームの最中に観てハマった人の場合であっても、直ちにブームの影響を受けたとは即断できない。これは他のあらゆるブームに関して言えることだが、ある社会現象が説明できたからといって、その社会現象のもとでハマっている個人の行動を同時に説明できたことにはならない。




 ハマってしまった原因としてまず考えられるのは、ドラマの各所に仕掛けられている伏線である。1月23日の日記にも書いたように、
すぐれたドラマ、映画、文学作品というのはどれもみな、ストーリーの途中に伏線が巧みに張られている。観客(読者)は、それを拠り所にして、先の展開を能動的に予想する。その予想が100%当たるような作品では物足りなく、また、全く予想はずれな展開となる作品は観客(読者)をガッカリさせてしまう。ある時には観客(読者)が期待した通りの感動場面を実現させ、時には全く予想もつかないような展開になることで観客(読者)を驚かせるような作品こそ、最高の傑作であると言ってよいだろう。
 冬ソナの場合は、すでに第一話からいくつかの伏線が引かれていたし、意外な展開にも驚かされた。ウィキペディアに記されているように、この番組が当初NHKで放送された当時は、小泉総理北朝鮮訪問関連特番で1週延期したり、アテネ五輪期間中に放送を休止するなどの当初の措置に対して、視聴者から多数の苦情が寄せられたという。最初からストーリーの展開が決まっている大河ドラマと違って、次の回を早く観たいというように仕向けられていたことは確かだと思う。




 次に考えられるのは、少なくとも日本人視聴者にとって、テーマが新鮮であり純粋さを感じさせたことにあったと思う。あまり観ていないので偏見かもしれないが、日本製のドラマというと、やたら、犯罪、時には殺人の絡んだ推理物が多く、見終わっても「ああそうか、やっと謎が解けた」という程度の安堵感しか残らない。また、西洋人の恋愛ドラマは、大した交際もしていないうちからすぐベッドインしてしまう。その点、冬ソナは、ストーリー全体を通じて、何一つ犯罪は無く、誰一人死なず、また、ベッドインシーンが無い(←厳密に言えば、2人が海岸の民宿に泊まるシーンはあるが)。そういう中で、恋愛の美しさを純粋に描けたことが感動を与えてくれたのではないかと思う。



 登場人物の魅力も大きな要因になっているとは思うが、私にはなぜ、「ヨン様」と呼ばれるほどのブームが起こったのかは未だに理解できない。ま、ドラマも1つの商品であるから、俳優の写真でもポラリスのネックレスでも、何でも売れるものは便乗して売ってしまおうというビジネスがあるのは当然だと思うが、80歳のおばあちゃんまでがなぜヨン様のポスターを飾るのか(←某TV番組でたまたま見た話)はさっぱり理解できない。

 あの番組ではやはり、韓国で「涙の女王」と言われているチェ・ジウさんの名演技が光っていると思う。「イ・ミニョン」と初めて会った時の驚きの表情、悲しみ、怒り、喜びの表情は、あの人で無ければなかなか演じられなかったと思う。

 もっとも、あのドラマがチェ・ジウさんの個人的魅力で成り立っているのかどうかは分からない。チェ・ジウさんは日本のテレビで2回ほど拝見したことがあるが、ユジンさんの面影は全く感じられなかった。もし、日本のどこかで御本人にバッタリ出会うことがあれば、ユジンがイ・ミニョンに出会った時みたいに「チェ・ジウさん、あなたは本当はユジンさんでしょ、どうして本当のことを言ってくれないのですか。なぜ、今まで黙っていたのですか?」とでも訊いてみたくなる。

 そう言えば、たまたま、1月29日夜に輪舞曲−ロンド−「哀しい約束〜はじめての涙…」というチェ・ジウさん主演のドラマがあるそうだ(すでに2回分終了)。いちどDVDに録画して、時間のある時に視てみたいと思う。もし、同じようにハマったら、チェ・ジウさんの個人的魅力が冬ソナにハマる原因の1つになっていたと言えるだろう。



 ところで、冬ソナは確かに純粋な恋愛をテーマにしたドラマであったと思うが、キム・サンヒョクの立場から見れば、いったんは婚約、そのあともずっとユジンを支えてきたにもかかわらず、最後までその誠意はユジンの心をとらえることがなかった。にも関わらず、ドラマを見続けている限りでは、サンヒョクはあくまで、ユジンとチュンサンの恋愛にとって「おじゃま虫」であるように受け止めてしまう。サンヒョクへの同情が起こらず、あくまでユジンがチュンサンと結ばれることを願うように心情がコントロールされてしまうのは何故なのだろうか。このあたり、次回に考えてみたいと思う。