じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典

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[今日の写真] 時計台前のノウタケ(たぶん)。昨年6月下旬にも同じ場所で出現しており、こちらに写真あり。なお、この写真は10月7日撮影のもの。


10月10日(日)

【ちょっと思ったこと】

百名山と新百名山

 少し前の10月5日の朝日新聞記事によれば、登山塾「無名山塾」の主宰の登山家・岩崎元郎さんが、「新・日本百名山」を選んだという。シルバー世代も楽しみながら無理なく登れることと、全都道府県を網羅することを基準に選考したという。故・深田久弥の「日本百名山」で選ばれた山と一致しているのは100のうち52に過ぎないというから、かなりの違いがある。

 新百名山のリストは当該新聞記事のほか『週刊朝日』2004年9/24号にも掲載されているようだ。ネット上ではこちらに引用があった。なお、あくまで私見だが、リスト自体を引用することは著作権上何ら問題無いと思う。でなければ、「私は100名山のうちいくつ登りました」という報告すらできなくなってしまう。もちろん、個々の山への書き下ろし解説などは著作権が及ぶはずだ。

 どの対象でもそうだが、多数の候補から何かを選んで公表すると、必ずと言って反発が起きる。じっさい、Googleで「新百名山」の検索をかけると、すでに種々の反発が寄せられていることが分かる。自分の好きな山が選ばれないことへの不満、その他、山岳界に影響力をもつ人がそういうリストを公表することの弊害なども語られているようだ。

 山の選定については私もいろいろ不満がある。例えば北海道から、知床・羅臼岳駒ヶ岳が選ばれていないのはちょっと不満だ。

 いっぽう、故・深田久弥の「日本百名山」(こちらにリストあり)に比べると、確かに「シルバー世代も楽しみながら無理なく登れる」という改良点はある。じっさい、深田の百名山のうち、火山活動が活発な浅間山などは滅多に登れるものではない(こちらに私が登った時の写真はあるが...)。焼岳なども、今でも一部は登山禁止になっているはずだ。その一方、頂上まで自動車道路やロープウェイが通い、全く魅力を失った山もある。21世紀になった今、深田の百名山だけを特別に崇める意義は失われていると言えよう。

 さて、そもそも、100座を選んで公表するとどんな影響があるのだろう。

 まず、メリットとしては、特に中高年が、具体的な目標として100座を登る計画を立て、毎年少しずつ目標に近づくことで達成感を味わえるという点が挙げられる。

 しかし、その一方、いろいろなデメリットも想定されよう。第一に、「100座を登る」ことばかりに囚われてしまうと、天気が悪くてもとにかく頂上に達すればよいという結果主義に陥ってしまう恐れがある。これでは、景色を楽しみながら登ることはできない。また、百名山早廻りに挑戦するあまり、無謀な登山で事故に遭う危険もある。そのほか、百名山に選ばれたがゆえに登山者が殺到し、山の自然が荒らされるという別の弊害も考えられる。

 「百名山」や「新百名山」はあくまで参考程度とし、登った山の数の多さを競うよりも、「納得できる登山をいくつ重ねたか」というように登山の質を重視し、マイ百名山づくりに取り組んだほうが、よっぽど意義があるように思う。