じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典

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[今日の写真] 8月のアンデス旅行で一番の目玉だったウユニ塩湖のアルバムをやっと完成。このような景色は地球上では稀であり、何かに例えることが難しい。関連サイトでも表現はマチマチ。
  • ボリビア物語
    360度地平線まで続く白い平坦なその景色は、昔、植村直巳の映画にあった南極物語の景色とだぶるものがあった。
  • ユーラシア旅行社
    見渡す限り白一色の光景が広がり、ダイナミックかつ幻想的で不思議な世界に入り込んでしまったような気分にさせられます。
  • 南米旅行情報
    とてつもなく美しく、とんでもない景色があり、どこか別の惑星のように、生物の生存を保証する自然のカラクリが行き届いてない環境なので人間にとっては危険であったりもする、そんな「湖」です。
  • 地球がわかる南米の旅
    平らな地面の上にいびつな多角形の模様が数センチの高さに浮き上がり、不思議な模様が延々と続く。それが同じ白でも雪の平原とまったく違う、独特の景色を造り出している。改めて自然のすごさを感じた。
  • 白川由紀の「南米大陸縦断バス」
    1cmの狂いもないくらい真っ平らに広がる塩湖の表面には、そこに降り注いだ雨をまんべんなくたくわえておくためか、力学的に自然にできたらしい囲いのような5角形6角形のハチの巣状の模様がどこまでも続き、それが海岸のさざ波にも似た風景を作りだしている。あまりにも印象深い自然の造形美に、自分がどこにいるのかさえ忘れた。
    地球には、こんな美しいところがまだあるのか……とため息をつき、肌に触るカラカラの風に我に返る。


10月2日(土)

【ちょっと思ったこと】

累積記録と最高記録

 イチロー選手は10月1日(日本時間は2日)、3安打を放って今季通算259安打とし、1920年にジョージ・シスラーがマークしたメジャー年間最多257安打を84年ぶりに上回る大リーグ新記録を達成した。我が家では衛星放送は視られないが、昼食時にテレビのスイッチを入れたところ王様のブランチでちょうと生中継をやっており、まったく偶然に記録達成の瞬間を目にすることができた。

 このことでふと思ったのだが、今回のイチロー選手の偉業は、今シーズンを通した累積的な努力と成果を、「シーズン通算安打の最多記録達成」という客観基準によって称えようという性質のものだ。毎回のヒットそれぞれは素晴らしいものであるが、257番目や258番目の安打の内容が特別にスゴイというわけではない。

 中学生の頃、オリンピックのメキシコ大会の走り幅跳びで、ボブ・ビーモン選手が8メートル90という驚異的な世界記録を樹立した瞬間をこの目で見たことがあったが、高地ということもあって、あれは人の高さを超えるくらいのもの凄い跳躍だった。あの時の瞬間には、累積的な意義はない。1回限りの出来事にすべての価値があった。

 最高記録と累積記録のどちらもそうだが、さらに詳しく考えると、相対的な評価と絶対的な評価に分けることができる。

 このうちスポーツ競技の記録はたいがい相対評価となっている。最も顕著なのはオリンピックのメダルであり、金メダルをとれるか銀メダルをとれるかは、ライバル選手の出来具合にも依存する。世界新記録というのも、過去の記録を破るという点では相対評価の1つである。自己新は自分の中での比較だ。

 これに対して、絶対評価というのは、ある質的な基準をクリアしたかどうかによって決まるもの。例えば、エベレスト登頂、ドーバー海峡横断、無寄港世界一周などだ。但し、最初の達成者以外は、日数や困難度という基準を付加して、新たな栄誉を勝ち取ろうとする。この場合は相対評価となる。

 累積記録の場合も、社会的な評価はたいがい相対比較である。今回のイチロー選手の場合がまさにそうだが、過去の累積記録最大値を上回ることで賞賛される。大相撲の優勝回数、連続勝ち星、幕内通算出場回数などもみな同様である。

 累積記録の中には、キリのいい数値(100、1000、1万、...)を超えることに価値を見出す場合もある。但しこれは1つのメドであり、十進数という人為的な表記法に依存しているだけであって、絶対的な価値があるわけではない。

 なお、累積か、1回限りか、という分け方自体もそんなに厳密なものではない。山登りは麓からの登山行動の累積であるし、マラソンも個々の走りの累積である。この場合は、頂上やゴールに絶対的な価値が与えられる。

 というふうにいろいろ考えてみたが、さて、自分自身の人生では、何を励みにすればよいのだろう。このWeb日記の通算執筆回数とか、日記才人の累計得票経験値なども、けっこう励みになっているところがあるのだが、それだけではちょっと空しい。しょせん、累積的価値というのは現実そのものではない。上に写真を掲載したウユニ塩湖や、月の谷みたいに、短時間であっても、その時に最高であると感じられるような体験を重ねることも、人生では意義のあることになるのだろうと、思ってみたりする。