じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典

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[今日の写真] [今日の写真] たくましい朝顔。子どもの頃から、朝顔というのは鉢植えで大事に育てて花を咲かせる植物というイメージがあるが、いったん野生化するとすさまじい生命力を見せる。写真左は、ビワの木に巻き付いててっぺんで花を咲かせているところ。写真右は、道路の側溝から芽を伸ばしているところ。


9月21日(火)

【ちょっと思ったこと】

パラリンピック

 19時半からNHK教育でアテネ・パラリンピックの放送があり(実際は、午後2時台の再放送)、夕食時に楽しみにしている。8月のオリンピック同様、日本人選手のメダルラッシュが続いているようだが、パラリンピックの場合は、障害の多様性ということがあり、単純にメダルが何個取れてよかったというだけでは感動が伝わらない。それぞれの障害がどのような困難をもたらしているのか、それをどう克服して競技に臨んでいるのか、大会前の日々の練習風景などを含めて詳しく紹介してほしいところだが、1時間にも満たない番組の中でそれらを伝えるには限界がある。みんな頑張っているのに、勿体ないことだと思う。

 例えば、車いすテニスの場合、ボールを打ち返そうとすると車椅子が回転してしまう。円盤投げの女子選手の場合は、掴む力が弱いため、特別の投げ方を練習したという。視覚障害者の柔道の場合は、試合の中断から組み直しまでの時間がかかるため、実質的な試合時間が健常者より長くなり、それだけ体力を消耗しやすいらしい。また、今回のヨットレースでは、(日本チームの場合)視覚障害者と下肢障害者とのコミュニケーションが大切だという。これらはすべて、説明を聞いて初めて分かったことだ。

 陸上男子車いす5000メートルの高田選手の場合は、手足の末梢神経が衰える進行性の難病を抱えているという。同じ病気と闘っている娘さんに勇気を与えたいというエピソードが一部の新聞で伝えられていた。いっぽう、女子の車いす5000メートル予選では、最下位だったドミニカ共和国の選手が、首位がゴールしてから3分以上経過したため、強制的にレースを中止させられたという。ルール上やむを得ないこととはいえ、3分の遅れで打ち切りというのは、少々酷であるようにも思える。

 ところで「パラリンピック」の語源をネットで調べてみると
  1. paraplegics olympicsの略。「paraplegia」は対麻痺(ついまひ):脊髄(せきずい)の病気や傷害による両下肢(かし)の麻痺。
  2. 「Paralle(もう一つの)」と「Olympic(オリンピック)」を合成したもので、正式には「国際身体障害者スポーツ大会」と言う。
という2つの説があった。

 その後、さらに調べたところヤフーサイトに概要と歴史が紹介されており、それによれば、
  • 1948年、オリンピックのロンドン大会の開会式の日に、ストーク・マンデビル病院内で車いす患者によるアーチェリー大会を開催。これがパラリンピックの原点。
  • 1960年、オリンピックの開催されたローマで国際ストーク・マンデビル大会開催。
  • 1964年、第2回パラリンピック(東京大会)が東京オリンピック直後に2部制で開催。
  • 1985年、IOCは、オリンピックの年にICCが開催する国際身体障害者スポーツ大会を 「パラリンピック」と名乗ることに同意。パラリンピックという言葉は、従来「対まひ者のオリンピック」という意味であったが、「パラ=Parallel(もう一つの)+Olympic(オリンピック)」と解釈するようになった。
  • 1988年、「ソウルパラリンピック」開催。オリンピック組織委員会がオリンピックとパラリンピックを連動させ、オリンピックで使用した会場を使用した初めての大会。
ということのようだ。

 従って、現在のパラリンピックは、「Paralle(もう一つの)」と「Olympic(オリンピック)」を合成した名前であると考えてよさそうだ。1964年に東京でパラリンピックが行われたことは私自身記憶しており(当時12歳)、その後もずっと続いているものと思っていたが、ヤフーのサイトを拝見し、いろいろと変遷のあることが分かった。