じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典

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[今日の写真] [今日の写真] 写真左は、タティオ間欠泉からサンペドロ・デ・アタカマに戻る時に眺めた火山群。左側の山は山頂から噴煙を上げていた。
写真右は、サンペドロ・デ・アタカマからボリビア国境に向かう途中に見た、別の活火山。こちらも噴煙を上げていた。いずれも町から離れているので、日本と違って噴火による被害は限定的であるように思われる。
なお、大サイズの写真は、サーバー容量の関係で1日限りの公開とさせていただきます。


9月5日(日)

【ちょっと思ったこと】

ウィルス初被害

 家族共用のパソコンがウィルスに感染していることが判明した。起動時のエラー・リポートをマイクロソフトに送信したところ
ウイルス警告

エラー レポートを送信いただき、ありがとうございます。エラーが次の原因により発生した可能性があります:

W32/Pate.b.worm Virus
というメッセージが表示された。さっそく、トレンドマイクロ社のオンライン ウイルス スキャン サービスでチェックをかけたところ、出るわ出るわ、exe形式の実行ファイルはもちろん、メモリーカードの「システム・インフォメーション」フォルダのファイル、各種アプリケーションのアップデート版としてダウンロードしたファイルなどが、何百個も感染していることが分かった。

 このパソコンにはもともと、駆除ソフトが添付されており未インストールのうちに削除してあったので、リカバリ用のCDから当該ソフトをインストールしたところ、無料更新の上、駆除が可能であることが分かった。何とか事なきを得たが、種々の操作で多大な時間を浪費した。幸いなことにこのウィルスは破壊活動はしないということだが、もう懲り懲り。といって、ウィルス駆除ソフト会社に高い金を払うのもシャクだ。注意を徹底したいと思う。

【思ったこと】
_40905(日)[心理]日本行動分析学会第22回年次大会(1)

 帝京大学八王子キャンパスで行われた表記の大会に参加した。

 帝京大学を訪れるのは今回が初めてであったが、最寄りの多摩モノレール「大塚・帝京大学」駅下車から徒歩12分、しかも山の上に位置していることもあって、アンデス帰りで血中酸素濃度豊富のはずの私も少々くたびれた。おまけに、9月4日夜の懇親会が終わった時には土砂降りの雷雨。折りたたみ傘で凌いだものの、Yシャツもズボンもびしょぬれ、カバンの中まで水が入って、せっかくの論文集や資料の一部まで濡れてしまった。その翌日も一時雨、おまけに、5日夕刻には紀伊半島沖で震度5弱の地震ときている。これまでに参加した各種学会の中でも、参加行動の困難度が最も高い大会であった。

 さて、大会の中身のほうだが、基礎的研究よりも、「応用」、「普及」、「実践」を志向する参加者が多数を占めていたような印象を受けた。もともと行動分析学の研究は基礎か応用かに二分できるようなものではないけれども、いま、行動分析学会に一番強く求められているのはやはり、実社会に実践の成果を示すことではないか、その活躍の場は、特別支援教育のほか、高齢者福祉、学校教育、さらには、安全管理、労働環境改善、生きがいの実現など多種多様である。

 今回のシンポの1つで取りあげられた事例で言えば、例えば、リハビリテーションの過程で「箸を使う」訓練をするという時、行動分析的手法を導入した施設で他所に見られないほどに成果が上げられるならば、必ずや注目され、導入が検討されることになるはずだ。

 なお、あるシンポの中で、各種ツールをパッケージ化して導入した場合の有効性の検証について若干の議論があった。単一事例における検証法として、介入と非介入を反転させることの意義が理解されにくいこと、あるいは、単一事例だけでは説得力を持たない、やはり無作為割付による群間比較で検証していったほうがよいのでは、といった意見が出されていた。しかし、リハビリテーションのように個体差が大きな領域にあって、果たして、介入群と非介入群に無作為に割り付けて比較するような研究が可能であるかどうかは疑わしい。単に成果をアピールするだけであったら、「成功例が従来よりこれだけ増えた」、「他所より改善が著しい」、「従来より少ないコストで改善できた」といった証拠を示せばそれでよく、必ずしもオーソドックスな研究スタイルにこだわらなくてもよいように思う。

 また、パッケージ全体を導入している場合に単一事例実験計画で効果測定を行ったとしても、パッケージを構成するすべてのツールが連携的に効果をもたらしたのか、パッケージのごく一部のツールだけが有効であとは無駄であったのかは、検証できない。単一事例法を持ち込む意味があるのは、個々の要素的ツールを加えるべきか(外すべきか)、検討を迫られた場合に限られるのではないかと、私自身は思っている。

 次回に続く。