じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典

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[今日の写真] [今日の写真] 岡山では7月1日から26日までの間に、最高気温30度以上が25日、うち33度以上が23日、うち35度以上が10日、という猛暑が続いている。そんななか、エアコンが使えない野良猫たちも、暑さを凌ぐためにそれなりの工夫をしている。写真左は、バイク(←自転車置き場はバイク駐輪禁止、念のため)の上に寝そべる猫たち。写真右は、自転車のカゴの中で涼む猫。


7月26日(月)

【ちょっと思ったこと】

しゃべる授業、これで終了

 7月26日の基礎科目Iの授業をもって、前期14週目の授業がすべて終了した。27日から8月2日までの15週目は、期末試験または受講生の研究発表会ばかりの日程となるので、私自身が前に立ってしゃべる授業は、前期はこれで終了ということになる。途中、一度の休講もなしに14回をやり遂げたのは、やはり健康のおかげである。大学教員は何と言っても健康第一。そしてそれを支えるためには、規則正しい生活を守ることが何よりも大切だと思う。




公共的空間におけるパイプの煙

 某プロ野球球団のオーナーの中に、パイプを加えている人がいる。その映像が流れるたびに私がいちばん注目するのは、会議や記者会見といった公共的空間において、受動喫煙に配慮した行動をとっているのかどうかということだ。某政治評論家の中にもパイプ好きの人がいるがこれも同様。単にアクセサリー(というか、私には、赤ちゃんが哺乳瓶を加えているようにしか見えないが)として、煙を出さずに加えているだけなら構わないが、少しでも煙が出ていた場合、私は、その人物の全人格を否定したいと思っている。

 シャーロックホームズの時代ならともかく、いまや、健康増進法に基づき、受動喫煙防止の徹底が図られている世の中である。多数の人々の前で好き勝手にパイプをふかしたり、あるいは、歩行喫煙し吸い殻を平気でポイ捨てするような人は、いくら、人格高邁と言われても、その根本において人間失格だ。今後も注意深くウォッチングを続けていきたい。

【思ったこと】
_40726(月)[心理]「活きる」ための心理学(14)行動内在的強化と付加的強化とボランティア

 自治体主催の生涯学習講座の4回目(7月24日実施)の講義メモの続き。

 昨日の日記で引用したスキナーの講演録『罰無き社会』(1979年の講演、佐藤方哉訳、行動分析学研究1990年5巻に収録)の一部のうち、3.と4.は、働きがいとは直接関係の無い、教育における強化のしくみについて述べたものであった。敢えてこれらを引用したのは、第三者から与えられる付加的強化と、成功や達成のように努力の量や質に応じて自然に獲得される強化(行動内在的強化)との違いを明確にしようと考えたからである。

 心理学者のなかでもしばしば誤解されていることだが、オペラント条件づけにおける強化というのは、決して、第三者が与える外的なご褒美(付加的好子)ばかりではない。達成や成功も、十分かつそれを上回る好子(強化子)になっているのである。これらは行動内在的好子などと呼ばれる。ちなみに、一部の心理学者たちが説く「内発的動機づけ」なる概念は、実際には行動内在的好子と同じことを意味している場合が多い。

 引用部分の3.と4.は、要するに、
  • 学校で身につけた行動は、最終的には、社会における自然の随伴性(行動内在的随伴性、但しここでは、社会制度や文化の中に組み込まれた付加的随伴性も含んでいる模様)によって強化されるようにならなければならない。しかし、教室と日常社会は同一ではないので、学校教育においては、過渡的段階として、得点、褒賞といった付加的強化を用いる必要があること
  • 但し、学校教育の中でも、成功や達成といった行動内在的好子は存在していること
ということを言っているのである。




 ここで少々脱線するが、7月19日のNHKスペシャル再放送で、永平寺104歳の禅師は、
真理を黙って実行するのが大自然。誰にほめられるということもおもわんし、報酬のことも考えないし、時がきたら花が咲き、そして黙ってほめられんでもすべきことをして黙って去っていく。そういうのが実行であり、教えであり、真理だ。
というように語っておられた(7/19の日記参照)。ここでは、「誉められず」、「報酬を受け取らず」に、すべきことを黙って行うことが正しいという意味にもとれる。しかし、ここで批判されているのは、第三者による付加的強化だけで強化されているような行動である。行動の結果として成功や達成が得られること、あるいは、日々の行動をモニターし特定の戒律と一致しているという事実自体が好子(強化子)となることは批判されていないし、じっさいのところ、宗教者の行動は、本人がそれに気づいているか否かにかかわらず。そういった結果によって強化されていると言っても過言ではないと考えている。




 さて、杉山らの『行動分析学入門』(1998、産業図書)では、行動内在的強化と付加的強化は、
  • 行動内在的強化随伴性:行動に随伴して、誰かが関わらずに自然に結果が伴う
  • 付加的強化随伴性:行動に随伴して、意図のあるなしにかかわらず、誰かによって結果が付加される
と定義されている。これを形式的に当てはめると、災害ボランティア行動において被災者の人たちから感謝の言葉を受け、それに感激してさらにボランティアを続けるということは、付加的強化によって行動が維持されていると分類されることになる。そうは言っても、感謝によって強化される場合と、賃金だけを目当てに復旧活動に従事する場合では、強化の中身は質的に異なっていることが分かる。これは、社会や集団との関係性が好子の質を規定するという議論に繋がるのだが、このことについては、次回、内山節氏の引用のなかで述べることにしたい。

 それはそれとして、災害復旧活動ボランティアにおいては、被災者からの感謝や賃金の有無にかかわらず、「復旧に対する自分の貢献」それ自体が目に見える形で伴っていることが、最大の強化因になっていることは確かだ。これは紛れもない、行動内在的強化である。

 強制労働をさせられている囚人でも、道路や家づくりに駆り出されている場合には、「完成」や「貢献」という点である程度の行動内在的結果が伴う。しかし、単に、囚人を虐待する目的で、刑務所敷地内に穴を掘らせ、再び埋めさせるという作業が繰り返された場合には、囚人たちは永久に達成感を味わうことができない。

 次回に続く。