じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典

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[今日の写真] 郵便局で500円小包(エクスパック500)の宣伝があったので、学会関係の資料を送るために1パックを買ってみた。1つだけ謎なのは郵便局内にあった「重さ30kgまで送れます」という宣伝文句だ。こんな紙パックに30kgを詰めることはできない、3kgの間違いではないですかと訊いてみたが、やはり30kgでよいのだという。鉛か金の延板でも入れない限りそんなに重くはできないと思うのだが...。
12/13追記]
念のため郵政公社の説明を見たが、やはり「EXPACK500の重量制限は30kgまでです。」と書かれてあった。但し「次のものを入れて送付することはできません。信書/現金・貴金属等の貴重品/爆発物・毒劇物などの危険物。」という注意書きがあるので、金の延板は送ることができない模様。


12月12日(金)

【ちょっと思ったこと】


水戸黄門

 夕食時に山陽放送「水戸黄門・1000回直前スペシャル!愛されて34年…国民的時代劇の秘密すべて見せます!」の一部を視た。34年前といえば私が高校生の頃に始まった番組だったようだが、ワンパターンのストーリー展開が退屈で、じつはあまり視たことがなかった。

 そういえばこの頃には映画「男はつらいよ」第一作(1969年)も始まっていた。寅さんは渥美清一人が演じ続けたのに対して、黄門のほうは俳優がすでに五代目まで交代している。私自身は「黄門=東野さん」というイメージがあまりにも強く、二代目・西村さんの役に代わった時は違和感を覚えたが、妻はむしろ西村さんのほうが最適役であるという。視る側の印象も世代によって異なるということか。

 番組によれば、一代目・東野さんの「わっはっはっ」という独特の高笑いは4作目までに完成されたという。二代目を引き受けることになった西村さんが一番悩んだのがこの笑い方であったが、「おほっほ」という公家風の笑いと「わっはっはっは」という庶民派の笑いを組み合わせたものに落ち着いた。さすが人気番組だけあって、細かいところまで配慮されているものだと感心した。

 このほか、弥七の回転技はメキシコ五輪の体操選手の技がヒントになったとか、最多出場の八兵衛が口から生きたウナギを出すシーンで苦労したなど、番組に馴染みのない私でも興味をひくようなエピソードが語られた。

 私が大学に入った頃には、もうひとつ「必殺仕掛人、仕事人」シリーズが始まっていたはずだ。こちらは基本的に殺人で恨みを晴らすというパターンになっており、全体として暗い感じがした。この点、印籠で「へっへーぇ」、「わっはっはっ」で一件落着する黄門のほうが楽しく視られる。このほか、「スーパーマン」、「怪傑ゾロ」、「ウルトラマン」、「遠山の金さん」などと同じ「ヘンシン」と、庶民の努力では解決困難な問題を超越した力で一気に解決してしまう爽快さが人気のヒミツになっていたように思う。ちなみに、水戸黄門の影響は「遠山の金さん」にまで及んでいる。以前にもこの日記に書いたことがあるが、街角クイズ番組で、

遠山左衛門尉(とおやまさえもんのじょう)様〜。御出座〜。

のあとの入れ墨を見せる場面でどういう台詞が決まり文句になっているのかを尋ねてみると、大概の人は「この遠山桜が目にとまらぬか!」と答えるとか。実際は「この遠山桜、よもや見忘れたたぁ〜言わせねえぜっ!」とか「...散らせてなるものか!」など何通りかあったらしい。「目にとまらぬか!」とは一度も言っていないにも関わらず、黄門の印籠と同じように記憶されてしまうところが興味深い。



研究室にセールス電話をかけてきた業者は生涯取引停止だ

 新聞に都心のマンションの全面広告があった。よく見ると、広告主は、私の研究室に「資産運用」、「節税対策」などとしつこく電話をかけてきた業者である。研究室にかかってくるセールスは9割方が都内ワンルームマンションの勧誘であり、それも過半数は同じ業者からのものであった。「もう二度と電話するなよっ!」と怒鳴りつけても、しつこく電話してきた。

 会社でも新興宗教でもそうだが、成長期にはかなり派手で行き過ぎた宣伝活動をせざるをえない段階があるのだろう。大きな組織になって実績を上げれば、相手に配慮した営業活動ができるようになる。このあたりの気持ちは分からないでもないが、とにかく、勤務時間中に研究室にセールスの電話をするのは明らかな業務妨害。その活動をしたという一点において、将来どんなに信用を取り戻そうとしても私は決して妥協しない。私の生涯はもとより、一族が続く限りは、そういう会社との取引はお断りだ。