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じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典

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[今日の写真] 時計台前の楷の木。だいぶ赤味を帯びてきた。


11月19日(水)

【ちょっと思ったこと】

ピロリ菌除去作戦

 以前より勧められていたピロリ菌の呼気検査を先週受けたのだが、覚悟していた通り結果は陽性となった。母親が60歳の時に胃癌で亡くなっていること、5〜6年に一度バリウム検診で「陳旧性潰瘍痕」が指摘されることなどから、ピロリ菌をこれ以上胃内に飼っておくわけにはいかない。さっそく抗生剤などを服用することになった。

 念のため、家族に移るものですかと医師に訊いてみたところ、ピロリ菌自体はどこにでも居るもので容易に口に入るものだという。しかし通常は、胃酸によって死滅してしまう。ところが胃酸が薄くなったりして殺菌力が弱まると胃内に侵入。侵入した後は胃酸に耐性をもつようになり住み着いてしまうらしい。私の場合、何がきっかけだったのろうか。母親も15年前にピロリ菌の検査を受けていればあんなことにならなかったのに、と悔やまれるところだが、この検査って、いつごろから行われるようになったのだろうか。





勝海舟と西郷隆盛/「公」と「私」の逆転?

 帰宅が遅くなり21時すぎに夕食を食べ始めたところ、ちょうどNHK「その時歴史が動いた」が始まっていた。この日は勝海舟からみた「江戸無血開城」。昨年6月に発見されたという勝海舟の書状のほか、西郷隆盛との関係についても詳しく紹介されていた。

 歴史については全くの素人であり特別に学んだことも無いが、そういう無関心の私であっても幕末はいちばん面白い時期であったように思う。2000年4月8日の日記にも少し書いたことがあるが、この時期は、正義も悪も存在せず、個人の能力に加えて、社会背景、政治力学、経済要因、それに種々の偶然的要因が重なって時代が流れていく。もちろん歴史的に必然の流れというのはあるだろうが、ほんのちょっとした力の差で、明治維新は100通りにも200通りにも違った形になっていたに違いない。そしてその違いによって現在の日本もおそらく300通りにも400通りにも異なっていたかもしれない。反面そういう中での、今回の勝海舟や西郷隆盛のような個人の働きも無視できない。

 今回の番組で面白いと思ったのは

●「天下の大権は「私」(し)に帰せずして「公」(こう)に帰するやせり」
(「天下の政治は私(わたくし)に基づかず、必ず公(おおやけ)に基づくべきものである。)勝の意見書『憤言一書』(「勝海舟慶応戊辰日記」)

の言葉である。もちろん、ここでいう「公」には、国家全体を重んじる大局的な視点、「私」には、私利私欲や自己保身の意味が含まれていると思うが、昨今、「プライバタイゼーション(privatisation)」という言葉に象徴される構造改革の根本思想はむしろ、

●「天下の経済は「公」に帰せずして「私」に帰するやせり」

と言っているようにも思える。