じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典

8月のインデックスへ戻る
最新版へ戻る

[今日の写真] ボリビア・ラパス(3632m)到着の翌日は、高所順応を兼ねてソラタ(2678m)に下った。この町の面白いところは、桃(写真左上)、秋桜やアガパンサス(写真右下)、ブーゲンビリア、エニシダの一種などの花がいっせいに咲き乱れていること。いったいどういう季節なのかと戸惑ってしまった。このほか、木の枝に着生植物がある(写真右上)ので湿気が多いのかと思えば、すぐ近くにはサボテンの群落がある(写真左下)。またリュウゼツランの仲間が至る所に自生しており、日本では滅多に咲かないと言われている花穂が各所に伸びていた。


8月29日(金)

【ちょっと思ったこと】

ドラえもんの耳朶が失われた本当の理由

 夕食時に「ドラえもんお誕生日スペシャル!!」を視た。猫型ロボットとして製造されたドラえもんがネズミに耳朶を囓られたということは知っていたが、今回の記念番組により、本当は別の原因によるものであることが分かった。すなわち
ドラえもんをモデルに粘土細工をしていた幼少のせわしくんがネズミロボットを動かしたところ、誤作動により、粘土細工の形に合わせてドラえもんの耳朶を囓ってしまった。さっそく修理に出したところ、修理中にドラえもんの鼻の頭に蝿がとまる。ドラえもんがくしゃみをしたところ、その圧風で修理マシンがパニック状態となり、誤って耳朶を完全に剃り落としてしまった。
というのが真相であったようだ。一口で言えば、確かにネズミによって耳朶の一部は囓られたが、耳朶全体が失われたのはその後の修理マシンの誤作動による、ということになる。

 このほか、製造直後のドラえもんは黄色(金色)であったが、耳朶が失われたショックやその時に誤って飲んだ悲劇薬のせいでメッキがはげ落ちて青色になったこと、その際に声帯を痛めて今のようなガラガラ声になったということもわかった。

 この番組ではまた、作者の藤子・F・不二雄氏が新作の主人公創出に苦しみ徹夜、翌朝になって外を見たら屋根の上に猫が一匹、これと、たまたま机から落としたマスコット替わりの起きあがりこぼしのイメージが重なってドラえもんのモデルができあがったというようなシーンも流していた。もっともらしい説ではあるとは思うが、第一作からしばらくの間は、ドラえもんはあんなに丸っこい体をしていなかったように記憶している。単行本の1冊目が見つかったらチェックしてみたいと思う。

 ということでとりあえずドラえもんの耳朶消失の真相を知ることができたわけだが、このアイデアって、藤子・F・不二雄先生の「原作」に含まれているのだろうか。テレビアニメ制作時に、新作のストーリー展開をめぐって意見の対立があった時は、誰が最終決定を下しているのだろうか。藤子・F先生のご遺族ではあるまいし、藤子・A先生でもあるまい。テレビ局の幹部の意向だけで決まってしまうんだろうか。
【思ったこと】
_30829(金)[心理]大規模学会の大会は統一地方選挙かディズニーランドのようなものか

 8月3日〜5日に開催された日本行動分析学会第21回年次大会から早くも1カ月がすぎようとしている。この学会はポスター発表件数が66、総参加者は312名ということで、心理学関係の学会としては、小〜中規模のレベルに位置していた。

 これに対して、9月13日〜15日に東京大学で行われる日本心理学会第67回大会は桁違いに大きな規模を誇っている。送られてきたプログラムによれば、一般研究発表は1300件余り、ワークショップは90件余りで、いずれも過去最大を誇っているという。参加者は数千名の規模にのぼると予想される。

 もっとも、いくら規模が大きくても、一人の人間が参加できるイベントの数は物理的に限られている。例えば、13日夕方には23件、夜には19件、14日夕方には22件、15日夕方には18件というように多数のワークショップが計画されているけれども、一人の人間が参加できるのはそれぞれ1件に限られている。要するに、「日本心理学会の年次大会に参加してきました」と言っても、大会期間中、一度も顔を合わせないということもありうるわけだ。となると、大会全体にどういう意義があったのかなかったのか、内容に立ち入って総括することさえ難しい。




 例えとして適切かどうかは分からないが、こういう大規模学会は、統一地方選挙やディズニーランドに似ているところがあると思う。

 統一地方選挙の場合、告示や投票の時期は揃っているものの、争点や候補者の顔ぶれは地方によって全く異なっている。年次大会の場合も、分野が異なれば、全く別々の発表会場に足を運び、それぞれのところで討論に参加することになる。もちろん各種の特別招待講演で統一的な話題も取り上げられるのであろうが、けっきょくはバラバラに終わってしまうのではないかなあ。

 ディズニーランドの場合も同様(TDL時代には2回行ったことがあるが、その後新設されたディズニー・シーとかいう所はまだ一度も訪れたことがない)である。それぞれのアトラクションの前には長蛇の列ができており、一日や二日ですべてを体験するのは困難である。つまり、「ディズニーランドに行った」と言うのは単にその場所に足を運んだという意味であって、すべての施設を楽しんできたということにはならない。心理学会に行ってきたというのも、実際にはごく一部に参加してきたというだけに終わってしまうのである。