じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典

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[今日の写真] [今日の写真] チチカカ湖畔のコパカバーナの教会。門前にはおみやげグッズを売る露店が並ぶ。教会のドアには、葦船でやってきたマリア様の彫刻があり。


8月27日(水)

【思ったこと】
_30827(水)[旅行]ボリビア・アンデスの山旅(2)カラコルム、チベットとボリビアを比較する

 今回訪れたボリビアは標高が3600m〜5400mとなっており、昨年訪れた東チベット3800m〜5000m、2000年夏に訪れたカラコルムハイウェイ3200m〜4800mとほぼ同じ標高。気温も景色にも共通性を感じることが多かった。もっとも気候的には、東チベットとカラコルムを訪れたのは夏の一番暖かい時期、これらの地域の冬は雪に閉ざされた厳寒の季節となる。いっぽうボリビアのほうは8月は冬にあたるが稀にあられや雪が降る程度で今より寒くなることはない。逆に「夏」と呼ばれる時期は雨期にあたり、雲に覆われ山は見えなくなる。またこの時期のほうが雪が降り、チチカカ湖の水位が1mほど上昇すると聞いた。東チベットやカラコルムより暖かいせいだろうか、4000m以上の高所でも牛、羊、豚などがごく普通に飼育されていた。

 3地域でまるっきり違うのは、やはり宗教であろう。カラコルムはすべてイスラム教、チベットは仏教、そして、今回のボリビアはキリスト教(カトリック)の世界だ。

 イスラム教の世界では、朝早くからコーランの祈りの声が町中に響き渡る。また、衣装や職業やアルコール摂取に規制がかけられている国もある。1日5回のお祈り、断食月など、宗教と一体となった日常生活を感じさせられることが多い。

 チベットの場合も日常の隅々まで宗教と一体となっていた。民家には経文を印刷した布(タルチョ)が運動会の万国旗のように張り巡らされ、また家の中には高僧の写真が飾られていた。。高齢者は暇さえあればマニ車を回す。このほか、子供の一部を僧侶にさせることが食糧生産や人口バランスを保つ機能を果たしている点も見逃せない。

 こうした点で比較すると、ボリビアの人々の日常生活は、宗教の影響をそれほど強く受けていないように見えた。

 もっとも、農村地帯では、土地自体は私有されているものの、村単位でしっかりとコミュニティが形成されていると聞いた。その中心には教会があり、おそらく、日曜日にはそこに集まっていろいろな話し合いがもたれるのだろう。このほか、地方の町にもミッションスクールがたくさん設立されており、宗教教育の影響は大きいものと思われる。

 ボリビアではまた、スペイン侵略以前からの原始的な宗教も根強く残っているようだ。トレッキングに行く途中、大地に跪いて空に向かって祈りをささげているインディオの女性を複数目撃した。また、トレッキングコースの1つである太陽の島には、今でも使われているという野外の祭壇があった。いま述べた「原始的宗教」という表現も、実は、西欧文明が一方的に名付けただけの蔑称にすぎずない。ほんらい、宗教には「原始的」や「高度に発達」といった区別はありえないのである。

 ボリビアでカトリックがどのように定着しているのか、個々人の生活レベルで詳しく調べる必要があると思った。もともと布教の段階では、キリスト教の教義の優越性ではなく、奇跡のパワーを鼓舞し、畏怖や御利益をキーに信者を増やしていったところがあるように思えた。あるいは、日本における初詣や葬式仏教と同様、世俗的な行事が中心になっているのかもしれぬ。