じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典

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[今日の写真] サンシュユ。ハルコガネバナあるいはアキサンゴとも呼ぶ。漢字では「山茱萸」と書く。


3月25日(火)

【ちょっと思ったこと】

米英が敗退するとしたら

 圧倒的な軍事力を誇る米英軍がイラクの首都バグダードに迫っているという。戦況はどうみてもイラクに不利と思われるが、米英が敗退することは絶対に無いのだろうか。

 まず考えられるのは、予想されないほど大規模な砂あらし、洪水、地震などだ。これにより補給路が断たれれば、いくら空からの支援を受けたとしても戦車部隊は壊滅的な被害を受けるだろう。

 次に考えられるのは、砂漠の細かい砂、太陽の黒点活動、ネット上での大規模な障害などによって、ハイテク機器の誤作動が頻発することだ。

 3番目は、前線の兵士たちの消耗や心的なストレスである。いくら訓練を重ねてきたとはいえ、いつ襲われるか分からないという不安がパニックを引き起こす恐れもある。

 4番目は、事故や反撃により数百人以上の犠牲者が出た場合だろう。他国からの批判には耳を貸さない大統領も、自国内から責任を追及する声が上がれば強硬姿勢は貫けない。

 5番目は、米英に協力をしてきたイスラム諸国が反旗をひるがえすことだろう。攻撃がイスラム教施設に及んだり多数のイスラム教徒が殺された場合には、周辺各国で大規模な暴動が起こり反米政権が生まれる可能性がある。そういうことにならぬよう日本でもさまざまな援助を計画しているというが、いくら物を送っても殺された人は生き返らないし、人の心までは変えられない。

 それにしても妙な戦争だと思う。イラク国民の解放を大義名分とする限りは、都市を焼き尽くすような空襲はできない。星条旗すら掲げられない。軍事施設はハイテク武器で破壊できるが、攻撃されることがわかっていたら最初から武器は置かないだろう。短期的には制圧できるかもしれないが、欧米型の民主主義が根付くとはとうてい思えない。中東というのは、王国や首長国の多いところではなかったかなあ(←そういえば、アフガニスタンの元国王はどうしているのだろう)。

【思ったこと】
_30325(火)[教育]大学の活性化と評価〜教員個人評価を中心に〜(1)

 1日前の話題になるが、3/24の午後、岡山大学で表記のシンポジウムが行われた。学長の挨拶に引き続き、N大の前副学長W氏と、K工科大の学生部長のS氏の基調講演、さらにパネルディスカッションと質疑応答という内容で17時まで続いた。岡大の教職員に限定されたシンポであったので、ここでは、一般性のある内容に限って感想を述べることにしたい。

 さて、2氏が所属される大学はいずれも、個人評価をいち早く実践した先進的大学として知られている。しかしまことに興味深いことに、その基本姿勢や評価方法、結果の活用は、正反対と言ってもよいぐらいに異なっていた。個人評価についての多様な見方を知り、岡大での実施を実りある形にしようというのが主催者(=個人評価に関わる全学の委員会)の狙いだったのかもしれない。

 その違いを一口に言うならば、基本姿勢と、結果の活用のされ方にあるように思われた。N大学のほうは自己評価が基本であり、結果が賞罰に利用されることはない。せいぜい、不十分であると評価された教員に対して指導・助言を行う程度であるという。いっぽうK工科大のほうは、1ポイント1万円で、そのまま年俸に反映されるという。例えば600ポイントならば年俸600万円、1200ポイントなら年俸1200万円といった具合である。但し、この年俸制は平成15年度以降の新任教員と昇格教員に適用されるものであり、過去3年間の平均ポイントに基づいて算定されるというので、まだ実施されているわけではないようだ。

 それぞれの基調講演の内容についての感想は次回以降に述べるが、2つの大学の個人評価の方法がこれだけ異なっている一因は、前者が国立の総合大学であり、後者が私立の工科大学であるという点にあるのではないかと思った。前者のN大は、じつは私の前任校でもあるので、ある程度事情は知っているのだが、もともとは、戦前からの医科大学と経済系の高等教育機関と、教員養成目的に設置された学部や地域性を生かした学部が合体してできあがった総合大学であった。それだけに1つの物差しで個人評価を行うのは非常に難しい。後者のK工科大は、開学から間もないということで新しい制度を取り入れやすいことに加えて、単科大であるゆえに研究のスタイルがよく似ており、公平な競争が行われやすい状況にあった。こうして考えてみると、岡大の場合は、前者に近い形の評価システムを全学で取り入れるか、あるいは、いくつかの研究分野に分けて、それぞれに固有の物差しを加えて独自に評価を行っていくかを検討していかないとひずみが生じるのではないかと思われた。

次回に続く。