じぶん更新日記1997年5月6日開設Copyright(C)長谷川芳典 |
ミモザとサザンカ。ミモザの黄色が鮮やかになってきた。 |
【ちょっと思ったこと】
ボードゲームの流行 NHK6時台の情報コーナーによれば、最近、ボードゲームの売り上げが増えているという。ボードゲームといっても私が知っているのは、バンカース、スクラブルゲーム、人生ゲームぐらいのもので、番組で紹介された新種のゲームはどういうルールなのかサッパリ分からない。ネットでもざっと検索してみたが、ゲーム名の固有名詞一覧を見ても同定できなかった。このほか、テトリスをはめ込むようなゲームをしているところが紹介された。 ボードゲームのメリットは何と言っても生身の人間とのふれあいがあることだろう。高齢者の生きがいや知的活動の保持のためにも意義がありそう。ダイバージョナルセラピーにも取り入れられると思った。 |
【思ったこと】 _30305(水)[一般]職場内のクールな関係 3月は送別の時期である。卒業生や大学院修了生に加えて、停年退職や転出者との送別もある。最終講義もあれば記念パーティもある。 たいがいの場合、退職あるいは転出する教員に対しては、ベタ誉めの言葉が行き交い、「お世話になりました」と何度も頭を下げるのが美徳であるとされているようだ。 しかし最近、こういう風習は間違いではないかと思うようになった。 いくら個人的に世話になったとしても、私的な恩義と公的な評価を混同してはならない。これは別段、退職・転出時だけに限らないのだが、公的な評価活動の中では、我々はもっとお互いを批判すべきだと思う。 少しでも問題点が指摘されたらトコトン調べる。調べた結果その疑惑が根も葉もないことが分かればそれでイイじゃないか。そうなれば名誉毀損どころかむしろ、当人の名誉を高めることにもつながるはずだ。 「そんなことを言うと失礼になるから」、「確実な証拠が無い限り疑ってはいけない」などと遠慮していては、お互いを高めることはできない。そればかりか、確実な証拠に基づく告発となれば大きなシコリを残す。派閥間の告発合戦にもなりかねない。 大学というところは、八方美人にふるまってはいけないと思う。公的なつき合いはクールでなければならず、本来の業務が円滑に行われることを最優先に考えなければならない。世話になっているから批判をしないというのはとんでもない公私混同だ。 近頃は、カイシャの中でも、人間不信に陥る人が増えているとか。確かに競争原理が導入されリストラや再任拒否が日常化すれば、私的な人間関係では解決できない問題が生じてくる。しかしこれもある意味では甘えだ。いくら個人的に親しい関係があったとしても、カイシャに来れば別の上下関係があり、いまやそれが逆転することだってある。大学でも同様。いくら親しい相手でも必要あれば「再任拒否」を突きつけられるような公私の区別がほしい。 近い将来、遅くても私が停年になる前には、年功序列人事の完全廃止、降格人事、再任拒否などが当たり前に行われるようになるだろう。そうなると、停年退職を祝う行事ばかりでは済まされなくなるだろう。例えば、降格記念激励パーティとか、再任拒否なぐさめ会なども行われているに違いない。 |