じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典

2月のインデックスへ戻る
最新版へ戻る

[写真] 成田〜福岡便(1/6搭乗)の機上からの景色の続き。今回は大阪北部。伊丹空港や池田市のあたりがよく見える。


2月18日(火)

【ちょっと思ったこと】

体調不良は会議で治せ!

 2/18午後、卒論試問の最中に、昼に食べた胃の内容物をすっかり吐いてしまった。幸い、座席のすぐ後ろにゴミバケツがあったので周りを汚すことは無かったが、これは私にとってはきわめて珍しい現象である。記憶に残っている限りでは、50年の人生で嘔吐したのは、
  • 小5で虫垂炎になった時
  • 中学の時、船の中
  • ヘールボップ彗星の写真を朝晩撮影しているうちに慢性的な睡眠不足となり、突然天井がぐるぐる回り出して座り込んでしまった時
の3回だけであった。記憶が残っていない幼少時を除けば、今回の嘔吐が人生4回目ということになる。

 原因はよく分からないのだが、少し前から鼻風邪気味でありノンシュガー系ののど飴を大量に舐めていたこと、また、この日は、妻のお薦めの無臭生ニンニクをかじったあと、牛乳入りコーヒーをがぶ飲みして大きめのミカンを2個食べたこと、先週土曜日以来毎日、長時間座って話を聞いていたことなどが複合的に作用したものと思われる。

 もっともこれは一過性のものであり、その後全学の協議会で委員会報告をしているうちにみるみる体調がよくなってきた。私の場合、会議でしゃべりまくるというのが回復にもっとも効果的なようだ。

 とはいえ、無理は禁物。軽く風呂に入って、夕食の代わりにカスピ海ヨーグルトをたっぷり食べて20時すぎには床についた。翌朝は5時40分に起きて散歩。軽い風邪気味で体調万全とは言えないが、2/19の卒論試問後半には支障なさそう。

【思ったこと】
_30218(火)[心理]日本健康支援学会(4)働くことの満足度、不満足度

 昨日の続き。1日目午後に行われた「QOLと健康支援〜QOLの測定尺度」というタイトルのシンポジウム:
  • 堂園晴彦氏(堂園メディカルハウス):私の考えるQOL
  • 萩原明人氏(九州大学):働く人々のQOL
  • 福盛英明氏(九州大学):学生のQOL
のうち、今回は萩原氏のご発表について感想を述べたいと思う。

 萩原氏のご発表は、一部上場企業(製造業)を対象とした研究が主体であった。質問調査を行い、様々な多変量解析の手法を駆使して、何が仕事の満足(あるいは不満足)要因になっているのかを洗い出すというやり方。なるほど、統計を駆使すればこういうことが分かってくるのかという模範的な内容であった。

 萩原氏のケースでは、QOLに対してQWL(Quality of Working Life)という概念があり、その近似値としてJob Satisfaction(職務満足度)をはかり、さらにそれを規定する要因が同定されていった。提唱されたモデルの基本は、仕事上のストレッサーが職務満足度を阻害、その途中にBuffering FactorsあるいはModeratorとしてパーソナリティやソーシャルサポートが関与するとい内容であった。

 仕事の満足を規定する要因には、通勤時間や居住形態などのNon-work factorsと、Work Factorsがあり、その規定因の関与度が算出されていく。このあたりでも、Stepwise法やSignal detection analysisが用いられたというが、詳細は分からなかった。おそらく、この種の一連の分析をサポートする統計パッケージのようなものがあるに違いない。

 で、実際の満足度を規定する要因であるが、これは、課長職以上と係長以下で異なっていた。
  • 課長以上では、裁量権→ポストの役割がはっきりしていること→退社後の「ちょっと一杯」
  • 係長以下では、役割の明確さ(Clear work role)→指示される内容がはっきりしているか
ということが大きく物を言う。また、logistic analysisによれば、係長以下では、有給休暇をとれるほど安らぎがあるという結果が出たという。【←以上、あくまで長谷川のメモによる記述。正確な調査報告については、萩原氏御自身の論文にあたってほしい。】

 以上のご発表で多少疑問に思ったのは、モデルの中で、Job SatisfactionがJob Dissatisfactionの対極として位置づけられていたことだ。しかし、満足度の阻害要因をすべて同定し軽減したところで、ポジティブな職務満足が得られるという保障はない。働きがいを測るためには、もっと別の尺度の導入が必要であろうし、また、個人本位でより細かい質的調査を行っていく必要があるのではないかと感じた。つまり「今の仕事」というある一定期間についての満足度とは別に、どういう行動を行い、何が達成された時に満足を得るかという問題である。

 余談だが、上記の成果は、大学におけるゼミ指導にも援用できるだろうか。卒論や修論指導における満足度は、おそらく、研究テーマの裁量権、「ちょっと一杯」に左右されるかもしれない。また、主体的にテーマや方法が見つけにくい学生の場合には、指導教員が明確な指示を出すことに期待をかけるだろう。しかしだからといって、学生の満足度を高めることだけをめざした教育改善には問題があるだろう。そういえば以前、「ゼミ内で他学生から批評をされることはストレスになります」と申し出た院生が居たけれど、私の対応は、「そんなことがストレスになるぐらいなら研究など止めてしまえ」だった。いろいろありますなあ。