じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典

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[写真] 昨日ご紹介したパフィオペディルムの周囲では他の蘭の花も咲いている。いずれの株も1年以上育ててきたものだ。適度の湿気のおかげで、風邪をひいたことが無い。


1月22日(水)

【思ったこと】
_30122(水)[教育]国立大法人の経営責任

 各種報道によると、文部科学省は2004年春の実施に向けて「国立大学法人法案」の構想を固めた。それによれば、法人の運営組織は、学長と理事のつくる「役員会」と、主に経営に関する審議をする「経営協議会」、主に教学面の審議をする「評議会」から構成される。このうち、経営協議会については、学長が評議会の意見を聞いたうえで、学外の有識者を全体の2分の1以上任命しなければならない。理事や監事についても、学外者を含めなければならない。また学長の選考は、評議会の代表と経営協議会の学外委員から選ばれた代表とでつくる「学長選考会議」があたるという。

 大学の運営、特に将来構想やポスト配置に関して学外者の意見を聞くべきである点は、まったく異論無い。特に改組に関しては、「内部構成員の自己都合の摺り合わせなんかやっていてもダメだ。この大学に何が求められているのか、外部から広く意見を聞くべきだ」と、私自身も事あるごとに主張している。

 しかし、教員組織が主体性を保持した状態で外部の意見を取り入れようとするのと、教員組織以外の機関に管理運営を委ねるのとでは話が全く違う。いや、後者でうまくいくならそれでもよいが、あと1年あまりのうちに、そんなに大きな改変ができるのだろうか首をかしげてしまう。特に不安に思うのは、全国の国立大学でいっせいに法人化が実施された時に、果たして、すぐれた経営能力をもった学外者なるお方が理事や経営協議会にちゃんと加わっていただけるかどうかという点である。

 大学の改革構想などについて地元経済界の代表から意見を聞くシステムはすでに存在しているが、これらはあくまで、ご意見番からアドバイスを受けようという範囲のものであって、仮に、突拍子もないような提案をしたからといって経営責任を問われることはない。学外者からの第三者評価、あるいは認証機関から評価を受けるというような話もあるが、これらも、大学が自ら立てた計画の実施状況を監査するようなものであって、コンサルタント契約をしているわけではないのだ。

 ところが、経営を審議するということは、単にアドバイスを受けるというものではない。理事はもちろん、経営協議会に加わるだけでも、無限責任が発生するのではないだろうか。片手間的な関与では済まされない。この少子化の中で、現在の地位を投げ捨てて大学経営に身を投じるような献身的なお方が全国で何千人も出てこられるとは到底思えないのだ。




 「民間の経営手法を運営に導入する」と言われても、大学は営利目的の企業ではない。新商品をヒットさせて全国にフランチャイズを展開するようなことはできない。また入学定員も限られているので、期待される収益にも限りがある。一般の企業では創造的なプロジェクトが成功すれば莫大な利益が得られるだろうが、大学の中では、報酬面でも見返りは殆ど期待できない。いずれにせよ、企業経営で成功をおさめた人を招いてもそれほど活躍してもらえないのではないかと思う。

 では、業種がきわめて近い私学の経営関係者ならどうか。しかし、私学自身の経営が危ういこの時期に、有能な経営者や候補者を手放す私学あるまい。リストラで私学を追い出されたような人に来られたのでは困る。

 もっと困るのは、本省からの天下りだろう。本省への口利きという点では有利かもしれないが、これは、「民間の経営手法を運営に導入する」精神に明らかに反する。少なくとも小泉政権のもとでは大幅には認められないはずだ。




 各種報道を眺めた限りでは、経営責任のチェック体制についても不安がある。大学が株式会社のような組織であるなら、経営者の怠慢は株主からたちまち非難を受ける。場合によっては退陣を余儀なくされる。そういうシステムが保障されているのだろうか。

 もう1つ、「学長の選考は、評議会の代表と経営協議会の学外委員から選ばれた代表とでつくる「学長選考会議」があたる」という仕組みにも疑問を感じる。仮にある勢力(学閥、特定学部など)から学長がいったん選ばれたとする。その学長はとうぜん、自分を支持する学外者を経営協議会委員に任命するだろう。すると、その経営協議会委員は、次期の学長先行にあたっては、自分を任命してくれた現学長、もしくはその後継者を次期の学長に選ぶ。こうして、永久機関のように勢力を保つことができるはずだ。これでは、大統領が国会議員の過半数を指名できるような独裁国家と同じ仕組みになってしまう。

 ではどうすればよいのか。まずは、重大な問題が発生した時に、全教員の手でいつでもリコールができる仕組みをつくっておくことだろう。それと、可能な部分(例えば入試部門、就職部門、資格取得部門など)は分業化して、それぞれのチームの個別の責任体制を明確にしておく。ある部門が成功をおさめれば好待遇で強化失敗すれば報酬ゼロという形で内部的な成果主義を導入し、万が一のリスクを分散させることも必要だ。

 それにしても、ホンマにあと1年以内で根本から組織を変えることができるのだろうか? そういえば、1/23の朝日新聞天声人語で、「フランス人は概念化が速くて明確だが、実行に時間をかける。日本人は概念化に手間取り、フランス人だったら髪をかきむしっていらだつところだが、実行段階では迅速、効率的だ」というカルロス・ゴーン氏の言葉が紹介されていた。これが正しければ、法人化問題も最後には一気に実行されていくだろう。しかし、大学人っていうのは、企業で働く日本人とはちょっと異なる。改革ということに限っては「概念化に凝りすぎてちっとも実行しない」人種ばかりが多いように思えるのだが。