じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典

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[今日の写真] 理学部南側のモミジと時計台。モミジの美しさは、やっぱ岡大構内が一番だ!





11月12日(火)

【ちょっと思ったこと】


謎の青い光の筋

 いつもより少し早め、5時35分頃に朝の散歩を始める。この日は薄曇りで、木星がちらっと見えた程度であった。しばらく歩いたところで、天頂やや東南よりに、青緑色の光の筋があることに気づいた。ちょうど彗星のような感じで、長さは月の直径より長め、全く動かなかった。

 証拠写真を撮ろうと急いで帰宅したが、5時40分〜45分頃には消えてしまった。雲が移動したためではなく、光そのものが消灯されたようだった。過去日記を検索したところ、2001年10月30日の日記に観察報告があった。時刻も、見えた位置もほぼ同じである。いったい、誰がどういう目的で照射しているのだろうか。




28年ぶりの黄砂

 11月12日は西日本を中心とした広い範囲で黄砂が観測された。11月に観測されたのは岡山では28年ぶりだという。黄砂が起こるためには、大陸の黄土が巻き上げられなければならない。例年この季節は凍りついており、また上昇気流が起こりにくいため、観測されにくいはずなんだが、どうなったのだろう。それだけ乾燥が進んでいるということだろうか。


1.5車線

11/13の朝日新聞オピニオン欄によれば、2003年度から都道府県道の改良に「1.5車線的整備」が認められるようになったという。「1.5車線」というのは、交通量に応じて2車線と待避所などを設けた1車線を組み合わせた道路を造る手法。これまで都道府県道の改良に際して国の補助を受けるには、1971年施行の道路構造令に基づき、原則2車線(7m)、歩道付きの場合は計10mの幅員が必要であると定められていたという。1.5車線が認められれば工事は2〜3割で済む。何よりも山間部の環境への負荷を最小限にくい止めることができるという利点がある。

 言われてみると、確かに、すべての道路が2車線(片側1車線)である必要はない。行楽シーズンの渋滞対策さえちゃんとしておけば、交通量の少ない道路は1.5車線で十分。離合のための待避所がちゃんと整備されていれば、正面衝突の危険はそれほどないと思う。

 1.5車線のアイデアはもともと高知県発案であったという。もっとも高知県に限らず、徳島や愛媛の山間部の道路は、国道であっても実質1車線の狭い道が多い。いつぞや、大豊ICから西方向に「国道」を走っていたら、あまりにも道が細く、いつのまにか、民家の庭先に迷い込んでしまったことがあるくらいだ。まずは国道のほうから1.5車線整備を進めてもらいたいところだ。
【思ったこと】
_21112(火)[教育]戦後教育の終焉と日本型高等教育のゆくえ(4)地域社会と大学の役割

 昨日の日記の続き。今回は「研究セッション報告2」

●「地域社会と大学の役割」 宮崎正寿氏(高崎経済大学地域政策学部)

について感想を述べさせいただく。報告者の宮崎氏は自治省、経済企画庁、岡山市助役などを歴任された地方行政のベテランでもある。今回は、高等教育分野における国と地方の役割分担について、また、分権型社会における公立大学の使命についてお話ししていただいた。

 レジュメによれば、公立大学の数は全国で74、国立99校や私立496校に比べるとやや少なく、11%となっている。教員数の比率では7%、学生数では4%に過ぎず、規模の小さい大学が多いことが読みとれる。

 また一口に公立大といっても、都立大や大阪市大のような都市総合大学もあれば、2〜3学部の地域複合大、地域医療系大などさまざまだ。公立大が独自に抱える問題としては地方財政の悪化があり、また、地方版の独立行政法人化の動きや、少子化対策の必要などが出ている。公立大の意義を論じることは、地方分権の精神をつらぬくことにもなるようだ。

 宮崎氏の報告に対しては、原山優子氏(東北大工学研究科、経済産業研究所)からのコメントがあった。地方分権に関しては、「地方でできないことだけ国がやる」という補完性原理の第一歩ではないかとの指摘もあった。

 国立大に籍を置く私としては当初このテーマにはあまり関心が持てなかったが、考えてみれば、地方の国立大はいずれ地方の公立大と同じ使命を果たすようになる。少子化が進めば、小規模の国立大と県立大が統合され公設大学として再出発することさえ考えられる。

 いずれにせよ、これまで以上に地元自治体との連携が必要になってくるのは確実だ。それと、毎回のように言及するが、地方分権を確実なものにするためには地域通貨の導入についても考える必要があると思う。