じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典

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[今日の写真] ツマグロヒョウモン(♀)とコスモス。大学構内ではありふれた蝶になってしまった。





10月5日(土)

【ちょっと思ったこと】

久しぶりにドラえもんアニメを視る

 夕食時に「ドラえもん」特別版を視た。子どもたちが大きくなってからは滅多に視ることがなくなった番組であった。

 そのうちの1つでは、のび太のパパとママが結婚するきっかけとなったエピソードが紹介されていた。のび太のママが旧姓「片岡玉子」というのは初耳だったが、ネットで検索したら各所でFAQとしてそのことが紹介されていた。あっ、サザエさんの旧姓なら昔から知っているぞ。磯野サザエね。

 久しぶりに視た感想としては
  • のび太の部屋は、相変わらず、というか変わらないのが当たり前だが、畳の部屋に木枠の窓。スチール製の勉強机に蛍光灯となっていた。
  • 買い物に出かける時、のび太のママは買い物カゴをさげていた。買い物袋節約運動の反映か、それとも古い時代を描きたかったためだろうか。
  • のび太のパパ(のび助)は少しタバコを吸いすぎではないかと思う。特に子供の前で吸うのはよくない。
 そういえばこの日のニュースで、カリフォルニア州で肺がんを患った女性(64)がフィリップ・モリス社に損害賠償を求めていた裁判で、同州上級裁判所の陪審は4日、280億ドル(約3兆4600億円)を支払うよう命じる評決を出したという。いっそのこと、ドラえもんの最終回は、のび助が肺がんにかかり、たばこ会社を相手に3兆円の損害賠償訴訟を起こす。裁判は見事に勝訴。のび助はけっきょく死亡するが、のび太はその遺産を基にロボット研究所を設立。その研究の成果が実って猫型ロボットが誕生なんていうストーリーはどうやろか。




相変わらず暑い毎日

 10月に入っても暑い日が続いている。10月5日の最高気温は、岡山29.1度(平年より+5.2度)、高松では30.8度(+6.8度)と30度を超えた。このほか、大阪29.0度(+4.1度)、名古屋28.9度(+4.7度)、東京27.4度(+4.2度)、福岡28.7度(+4.0度)などと、10月としては記録的な暑さであった。昼頃夫婦で外出した時にも、妻の要求でエアコンを入れたほどである。

 今年は春の桜の季節からずっと、季節の移り変わりが2週間ほど早く進んできた。しかし、その原因は、どうやら、地球温暖化を連想させる夏の長さにあったようだ。とすると、これから冬に向かっては、逆に移り変わりが2週間ほど遅くなるということも考えられる。10月に入ってからの台風上陸といい、この暑さといい、そんな特徴を暗示させるような現象であるように思える。
【思ったこと】
_21005(土)[一般]「山田のかかし」と障害者蔑視

 毎朝の散歩道沿いにはいくつか田んぼがあるが、今年は晴天が多かったせいだろうか、例年より早く収穫を迎えられそうな気がする。そのことをちゃんと知っていて、たくさんの雀が舞い降りてきて、まるでハチドリのように羽根をばたつかせながら稲穂に掴まって米粒を失敬していた。

 このことでふと「かかし」の歌のことを思い出した。「山田の中の、いっぽんあしのかかし...」というヨナヌキ音階の明るいメロディであったが、私自身は、子供の頃からこの歌に引っかかりを感じていた。1つは、この歌が「山田さん」をからかう歌として使われていたことだった。もう1つは、「一本足の」とか「歩けないのか」という言葉に、足の不自由な方をからかっているような印象があったからだ。

 正確なところを調べてみたところ、次のような歌詞であることが分かった。著作権の問題があるかもしれないが、表現それ自体を問題にする必要上、あえて全文を引用させていただく。
山田の中の一本足の案山子
天気のよいのにみのがさつけて
朝から晩までただたちどおし
歩けないのか山田の案山子

山田の中の一本足の案山子
弓矢でおどして力んでおれど
山では烏がかあかと笑う
耳がないのか山田の案山子
 1番の歌詞は、かかしを眺めている子供が、「ただ立ち通している」という観察から「歩けないのだろうか」という素朴な推測をする歌であるようにも思えるが、そこには、害鳥から田んぼを守っているかかしに対する感謝の気持ちは微塵だに伝わってこない。「歩けないのか」にはやはり、相手を蔑むような気持ちがにじみ出ているように思えてならない。

 2番の歌詞も同様である。「カラスがかあかと笑う」に「耳がないのか」と続くのは、やはり聴覚障害への蔑視があるような気がしてならない。

 ネットで少し調べてみたところ、お父様が身体障害者だったために、子供の頃この歌を聞くのがイヤだったと書かれたサイトが複数あることが分かった。2番の歌詞については、あまり歌われないのか、そのような記載は見つからなかった。

 子供の歌の中には、このほかにも、よく考えてみると特定の身体的特徴を蔑視しているようなものがあることに気づく。以前この日記にも書いたことがあるが(2002年 5月6日の日記参照)、私が子供の頃に「みんなのうた」で歌われていた「でか ちび のっぽ」なども、背の低い子供を蔑視しているように思えてならない。

 もちろんだからといって、「かかし」や「でか ちび のっぽ」の歌を追放しろと言うつもりはない。むしろ、小学校の総合学習の時間にこういう歌を聴かせて
  • 作者はどういう気持ちで、こういう歌を作ったのだろうか
  • それを聴いてどう思うか
  • それを聴かされて不快に思う人はいないだろうか
  • じゃあ、どうすればよいか
といったことを徹底的に話し合うほうが教育的に意味があると思う。

 余談だが、ネットで検索したところ、

あめあめ降れ降れ かあさんが 蛇の目でお迎え嬉しいな

という歌がイヤだったという記述もあることが分かった。その方は幼い頃にお母様を亡くされていたからである。もっとも、こちらの歌詞は誰かを蔑視したものではないという点で、性質が異なる。もし総合学習で「かかし」や「でか ちび のっぽ」を扱うなら、比較材料として、上記の雨の歌も加えるとよいのではないかと思う。