じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典

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[今日の写真] [今日の写真] 【8月7日】炉霍(ダンゴ/標高 3230m)から徳格(デルゲ/標高3,220m)に向かう途中、道路沿いの民家をアポなしで突然訪問。このあたりは、どこも立派なログハウス風の2階建てになっており、1階は土間。外壁には燃料用のヤクの糞が貼り付けてあった(写真左)。2階は、ダイニングルームと居間(客間)。壁には鳳凰などの鮮やかな絵が描かれていた。テレビとコンポも必需品か(写真右下)。このほか、屋外には衛星放送受信用のパラボラアンテナも。ちなみに、このタイプの家の建設費は10万元(当時のレートで日本円で150万円)であるという。





9月17日(火)

【ちょっと思ったこと】

外交交渉の残酷さ

 日朝首脳会談に関連して、横田めぐみさんら8人が死亡していたというニュースを知ったのは19時前だった。TVのスイッチを入れたら、ちょうど被害者の家族の会見が生中継されていたが、どうも様子が変だと思っていたら、その字幕が出た。

 9.11の同時多発テロでは「テロリストは我々の日常を破壊した」、「家の中は普段と変わらない、だけど夫は帰ってこない」といった声が伝えられたが、拉致の場合も同様だ。ある日突然、家族が行方不明になり、平穏な日常が破壊される。その後、拉致されたようだという情報が伝えられるが消息は分からない。そんな状態で何十年も辛い生活を強いられたあげく、実は死亡していましたなどと言われても、そんな現実を受け入れられる人はおるまい。

 もっともこの会談についてもう少し深読みしてみると、いくらなんでも一国の総理大臣が何も知らずに、国交の無い国を訪れるということはありえないと思う。首脳会談のようなものは大方はセレモニーであって、そこで交わされる内容は事前に十分に協議されているはずだ(=つまり、小泉首相はその事実を知った上で出発していたはず)。であるなら、事前交渉の段階、拉致被害者の中に多数の死亡者が含まれていると確認された時点で、関係家族に対してもうすこし配慮があってもよかったのではないかと思う。

 9/18朝の新聞記事によれば、拉致被害者は、日本政府が把握していなかった分を含めて合計13名、うち8名が死亡と伝えられているが、これはあくまで、北朝鮮国内まで連れてこられた人たち(=入国が確認された人たち)の数である。拉致の途中で殺害された人が他にもいるかどうかさらに確認をすすめる必要がある。また、「軍部の一部が勝手に行っている」と言われる不審船問題についても、目的や経緯を明らかにしてほしいと思う。

 日本が過去に行った植民地支配について謝罪をするのは当然であるが、それはあくまで民衆に対して向けられるべきであって、時の政権に対するものではない。強制連行や関東大震災時の虐殺などを含めて日本人はもっと真摯にこの事実を受けとめ後世に正確に伝えていく必要があると思うが、そのことの代償という形で現政権を利するような経済協力を行うことは慎むべきであろう。

 ま、いろいろあろうが、あの国が50年先まで同じ形で続くとは思えない。ドイツの事例なども考慮にしつつ、平和的な統一プロセスを描きながら、日本として何が貢献できるのかを探るべきであろう。
【思ったこと】
_20917(火)[教育]学内研修会(前編)今年から浴衣をやめ背広ネクタイで

 遅くなってしまったが、9/13に行われた学内研修会の話題。ここでは一般性のある内容に限って報告と感想を述べたいと思う。

 この研修会は毎年、夏休みを利用して行われているもので、今年で5回目を迎える。過去4回は、県内の公共宿泊施設等で合宿形式で行われており、「桃太郎フォーラム」という名称は、第1回目に利用した「桃太郎荘」の名前にちなんでつけられたと聞いている。今回学内での研修に切り替えられたのは
  1. 昨年度の参加者へのアンケートの結果、学内での開催を求める意見が多かった(合宿のほうがいいという声もあった)。
  2. 宿泊研修の場合は参加者数がどうしても限られる。
  3. 宿泊研修を実施するための予算確保が難しい。
といった理由によるものであった。このうち2.の参加者数については、昨年の約60名(昨年9月5日の日記参照)に対して今回はのべ101名であったというから、学内実施に変えたメリットが裏付けられたことになる。もっとも、浴衣姿で本音を語り合わないと実感がわかないという声もあった。けっきょくは予算確保できるかどうかがネックになる。他大学ではどうされているのだろうか。

 研修会ではまず学長が挨拶、続いて他大学からお呼びした先生による講演、各学部委員からカリキュラム改革およびFDの取り組みの現状について報告があった。他大学の先生の御講演を拝聴して思ったのは、きめ細かいFD、特に、教授法開発やサポート体制をしっかりさせるには一定の専任ポストが必要であろうということだ。岡大のように、すべての委員が、教育もやり研究もやり、さらにFDの推進のための実務をこなすということではやはり限界がある。

 午後のセッションでは分科会に分かれて、大学改革の中期的な目標(クオーター制やAA制などの勉学環境、教員評価、教育体制、JABEEなどのグローバルスタンダード、カリキュラム改革)について討議した。夏休み前の全学の協議会における企画説明で、FD委員長として私は

●差し迫った問題ばかり考えるとすぐ時期尚早論が出てくる。今回は、中期的な視点にたって、「それが実現できるかどうか」ではなく「それを実現するとしたら、どういう条件をそろえるべきか」という建設的な議論をしてほしい。

と要望したつもりなのだが、参加者の関心事は、独立行政法人化を目前にした中期目標策定論議にあったようだ。やはり「大学の将来の夢を語り合う」のは浴衣に着替えないと無理だったかもしれない。

私が話題提供した「カリキュラム改革・副専攻」については次回に。