じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa

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[今日の写真] ツツジの紅葉。緑の葉との対比が美しい。





12月12日(水)

【ちょっと思ったこと】

「戦」と「闘」はどう違うか。

 財団法人日本漢字能力検定協会は12日、今年の世相を表す漢字は「戦」と発表したという。その理由としては、米国での同時多発テロやアフガン空爆のほか、国内でも、リストラや失業、狂牛病などで「戦う」年だったことが挙げられ、二位には「狂」、三位は「乱」がランクされたそうだ。

 もっとも、もし理由の1つが国内でのリストラや失業であるとすると、「戦」は部分的に「闘」の意味を含めていることになる。ちなみにATOKの熟語変換の際に出てくる使い分け表示によれば

●戦う:武器を用いて戦う。勝敗を競う。闘争。闘病。
●闘う:利害の対立する者が争う。病苦などに立ち向かう。

と使い分けられていた。次に、角川の『大字源』付録の同訓意義によれば

●戦う:大勢が切り合って戦う。「闘」の大きいもの。
●闘う:勝ちを争う。相手に向かって切り合ったり、つかみ合う。「戦」のちいさいもの。

となっていた。やはり、生活上の「たたかい」は「闘い」を使うべきであろう。
 ついでに角川『大字源』で解義を調べると

●戦:旧字は、意符の戈(ほこ)と、音符の單(たたかう意=闘)とから成る。武器を交えて「たたかう」意。
●闘:本字は、意符の鬥(あらそう)と、音符のトウ(左側表示不能、つくりは「斤」、であう意=遇)とから成る。出合って争う意。ひいて、「たたかう」意に用いる。

とあった。

 いずれにせよ、人と人との切り合いは困る。闘いの相手は、人間がよりよく生きる際に邪魔になるものに限りたいものだ。
【思ったこと】
_11212(水)[一般]今ひとつ物足りなかったプロジェクトX「コンスタンチン君」番組

 一日前の話題になるが、12/11にNHKプロジェクトXアンコール(7/25放送)「国境を越えた救出劇〜大やけどのコンスタンチン君・命のリレー〜」を視た。こちらの番組紹介サイトにもある通り、1990年にサハリンで大やけどを負ったコンスタンチン君(当時3歳)が、関係者の協力により冷戦の壁を越えて札幌の病院に運ばれ一命をとりとめたという話。スタジオには、当時コンスタンチン君を運んだ海上保安庁輸送機のパイロットのほか、なんと、13歳になったコンスタンチン君ご自身とご両親が登場し、当時の気持ちや感謝の言葉を述べられた。

 この話、最初に電話を受けた北海道庁、そして外務省、法務省、海上保安庁、また実際に治療にあたった札幌医科大の医師らのチームワークの見事さには感服したのだが、これまでに私が視た
  • 第54回 5月29日放送 「腕と度胸のトラック便」〜翌日宅配・物流革命が始まった〜
  • 第58回 6月26日放送 「通勤ラッシュを退治せよ」〜世界初、自動改札機誕生〜
  • 第60回 7月10日放送 「白神山地 マタギの森の総力戦」
  • 第67回 9月25日放送 「巨大モグラ ドーバーを掘れ」〜地下一筋・男たちは国境を越えた〜
  • 第69回 10月9日放送 「レーザー・光のメスで命を救え」〜倒産工場と脳外科医の闘い〜
  • 第70回 10月16日放送 「魔法のラーメン 82億食の奇跡」〜カップめん・どん底からの逆転劇〜
といった番組[詳しくはこちらのリスト参照]に比べると、今ひとつ物足りなさを感じた。

 赤ちゃんの命を救った美談をなぜ物足りなく感じたのだろうと考えてみたのだが、

 まず、救命リレーがあまりにも見事だったために、主人公がはっきりせず個人の努力の度合いがぼやけてしまっているという点が挙げられる。例えば、サハリンに飛んだ海上保安庁の輸送機にしても、濃霧でなかなか着陸できなかったという悪条件はあったものの、九死に一生を得るような名人芸を披露したわけではない。医療チームの努力にしても、ごく普通の救命医療の範囲であってコンスタンチン君に対して、特別の医療行為が行われたわけでもない。外務省や法務省の関係者も超法規的措置に動いた点では貢献したが、これとて、自分のクビをかけて押し通したわけではあるまい。というか、外交交渉上の機密事項などもあって、個人の働きが機関決定にどう影響したのかが見えにくいという事情があった。

 「宅急便」(第54回)や「カップめん」(第70回)のように強烈な個性を発揮する機会が無かったことも物足りなさを感じさせた一因ではないかと思う。「宅急便」(第54回)や「カップめん」(第70回)の場合は、いくつかの選択肢のうちの1つが選ばれるプロセス、そこで発揮される創造性、マネができないほどの努力が描かれているからこそ感動があるのだ。いっぽう、今回の「コンスタンチン君」の場合は、「命を救う」という性格上、やるべきことが最初から決まっている。複数の選択肢のうちの1つを、周囲の反対を押し切り信念を貫いてやり遂げたというものではない。

 もう1つ、濃霧時における着陸技術、的確な救命措置、皮膚移植技術などは、「TVチャンピオン」で披露されるような職人技と違って、一般視聴者には技の冴え具合が伝わってこないという問題がある。しかも、それらの技術はプロジェクト開始以降の努力というよりも、パイロットや医師が長年にわたって磨き上げ蓄積したスキルであるため、短時間の番組で描くことは非常に難しい。このことも物足りなさの一因になっていたと思う。




 ところで、番組では、コンスタンチン君の部屋には、入院中に貰った千羽鶴(80歳のおばあちゃんが丹念に折ったもの)や、当時送られてきた励ましの手紙が今でも大切に保管されているという。しかし、それほど広くないはずの彼の部屋に、そのようなものが博物館のようにきっちりと並べられているというのは少々不自然だ。多くの人にお世話になったことへの感謝は大切にしなければならないが、彼がいま生きることや将来の選択への重荷になってはいけない。

 今回の番組では、13歳になったコンスタンチン君ご自身とご両親が登場し、当時の気持ちや感謝の言葉を述べておられたが、御本人たちが自発的に出演を申し出たならともかく、変に恩着せがましく当時の気持ちを聞き出していたとしたらちょっと問題。早い話、コンスタンチン君が当時のことを覚えていないなら、わざわざ昔の映像を見せて思い出させる必要はない。両親にしても、子供の命が助かったということだけが重要なのであって、それがロシア人の医師によるものであれ日本人医療チームによるものであれ、プロセスは問題ではない。まして、そのことが日ロ(当時は日ソ)の交流のきっかけになったかどうかはどうでもよかったはずだ。