じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa

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[今日の写真] 琵琶の花。地味だが、果実を結ぶ確かさが感じられる。





12月10日(月)

【ちょっと思ったこと】

直近3年間で最低額のボーナス

[今日の写真]  12月10日は公務員のボーナス支給日であった。今年の支給額は、一昨年よりはわずかに増加、昨年よりは大幅減少となった。しかしも税金などの天引き額が増えたので手取りでは直近3年間で最低金額となった。

 右図は、天引き前の支給額(青)と税金等の天引き額(オレンジ)の推移。天引きばかりが多くなっていることが分かる。なお、プライバシー保護のため、いずれも適当に定数倍しているので、縦軸の目盛りには意味はない

 1999年が相対的に多いのは、学部内の重要委員をやっていて加算を受けたためではないかと記憶している。ことしは全学の委員長を仰せつかっているのだが、賞与には全く反映されていないようだ。
【思ったこと】
_11210(月)[教育]「数学は必要ですか」

 非常勤講師先からの帰り、NHKラジオで「数学は必要ですか」というトークをやっていた。運転中に一部を聴いただけなので番組そのものはコメントできないが、必要論としては「創造的思考力や論理的思考力を養う」というようなもの、いっぽう街角の声は、
  • 算数の時から苦手だった。
  • 判らなかった。
  • 大人になってから必要としていない。
といったもので、不要論というよりも「苦手だった」、「嫌いだった」と自分の過去をふりかえるものが多かった。

 必要論を説く人は、小6の頃の鶴亀算あるいは中学に入ってからの幾何の証明を通して、解法を発見する喜びを味わった人に多いように思えた。私もどちらかというその部類であり、特に別解やよりエレガントな解法を見つけることに最大の喜びを感じていた。

 もっとも、受験数学になるとそのような融通は利かない。問題のパターンを徹底的に覚え、マニュアルにしたがって解くだけの作業になってしまう。それはそれで、情報処理能力?の養成には役立つと思うが、数学本来の喜びとはほど遠いように思えた。

 「数学は必要ですか」をちゃんと議論するためには

●中学、高校の課程を修了した場合にどれだけの能力が養成されるのか?

について、ちゃんとした効果測定が必要だろう。同時に

●数学を必修科目として課した場合に、何%の生徒に対して成果が認められるか?

という現実的な議論も必要である。例えば、航空機の操縦訓練をすることが瞬時の判断力の養成に役立つと実証されたからと言って、95%の生徒がついていけないような教育を強行しても意味はない。数学の場合も「学問としての数学は必要ですか」という議論とは別に、「数学の授業は有効ですか」という議論が必要になってくるかと思う。

 工学系はもとより生命科学系や社会科学系においても数学の一部は基礎科目として必要なのだから、数学教育のレベルダウンをする必要はないと思う。ただし、どうしても馴染めない生徒にまで必修として課すのはどうかと思う。これまでと同様の数学に加えて、囲碁や将棋や数理パズル、あるいは今風のコンピュータゲームのようなものも代替科目に取り入れ、例えば、囲碁のアマ段位をとった人は数学受験を免除するなんていうことがあってもよいのではなかろうか。将来の専門の基礎科目になるかどうかという議論を別にすれば、囲碁や将棋を通して磨かれる思考力が数学を学ぶことによって磨かれる思考力よりも劣っているとか、適用範囲が狭いというようなことは必ずしも言えないと思う。