じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa

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[今日の写真] 柴又・帝釈天の庭園。何枚か撮影したが、不思議なことに、逆光でできる光の柱がどうしても取れなかった。



11月23日(金)

【ちょっと思ったこと】

不便さ世界一?の東京地下鉄

 今回の上京では地下鉄を利用することが多かった。不便に感じたのは
  1. 路線図が複雑でどのように乗り換えてよいのか分からない。
  2. 乗り換え場所の駅名が路線により異なっている。
  3. 地上からホームまでの階段が長すぎるのにエスカレーターやエレベーターが無い。
  4. 乗り換えの際にいったん別の線のホームを通ったり地上に出なければならない所がある。
  5. 路線名が線の特徴を表していない。
  6. 都営線と営団線の乗り換えが割高。
といった点だ。
 昨日の日記に書いたように、23日は水道橋のホテルから柴又に向かったのだが、まず、水道橋駅の階段の長さに驚く。2年前に足を怪我したことがあったけれど、もし松葉杖で歩くとしたら30分近くかかりそうに思えた。しかも途中で転倒するおそれすらある。

 次によく分からなかったのが乗り換えの駅名である。都営新宿線から都営浅草線に乗り換える際には、馬喰横山で降りて東日本橋駅から乗ることになっているのだが、同じ都営線の駅名がなぜ異なっているのかよく分からない。同じことは大門駅と浜松町駅についても言えた。今回は乗降していないが、メトロネットワークの地図を見ると、赤坂見附、新宿、小川町などにも複雑怪奇な乗り換えポイントがあって、事前にガイドブックでも見ない限りはどうしてよいのかさっぱり分からない。

 地下鉄の路線名は、なぜこんなに紛らわしくなったのだろう。銀座、丸の内、日比谷、有楽町など都心のごく狭いエリアの地名を路線名にしたところで、どこからどこまで行かれるのかがさっぱり分からない。都営線のほうも、新宿、三田、浅草など、かならずしも終着駅でない駅名が路線名になっていてちっとも特徴を表していない。

 ではどうすればよいのか、と言ってもそもそもが複雑なんだから、どうしようもないという面もある。私が子供の頃は、地下鉄と言えば、渋谷から浅草までの銀座線のみ、その後、赤い車体の丸の内線が誕生した。この時点では、地下鉄は23区内の住民の利便を第一に考えられており、例えば、渋谷から霞ヶ関、東京駅方面に行きたい人は、赤坂見附でホームの反対側の丸の内線に乗り換えるだけで済んだのである。

 それがややこしくなってきたのは、その後誕生した日比谷線、東西線あたりからだったと記憶している。郊外の団地からの通勤客の利便を図るために都心への乗り入れが進み、さらには、東西地区の私鉄間の乗り入れまで実現するようになった。郊外に住む者にとっては、都心のどこを通る路線であるかだけが分かればよい。そのことから、紛らわしい路線名がつけられていったのであろう。

 となると、結局のところ、東京の地下鉄というのは、郊外からの都心に向かう通勤客がせいぜい1回の乗り換えだけで勤務地に向かえるように設計された乗り物ということになる。その分、都心の中を移動する交通手段としては適していない設計にならざるをえないのかもしれない。とはいえ、もう少し分かりやすい路線名はつけられないものか。
  • 今回乗った都営浅草線は、京成京急線
  • 丸の内線→新宿東京池袋線
  • 東西線→中野船橋線
  • 都営三田線→高島平目黒線
  • 半蔵門線→渋谷神保押上(工事中)線
  • 日比谷線→恵比寿日比谷北千住線
などと改称すれば、いくらか改善になるのではないかと思うのだが.....。




「やはり、そのー」、「じつは、そのー」、「あるいはー」は禁句

 岡山空港から車で帰る途中、ラジオで工業技術教育関係のトークをやっていた。耳障りに聞こえたのは、出演者が「やはり、そのー」、「じつは、そのー」、「あるいはー」を連発している点だ。これらの言葉を聞くと、私の場合は
  • やはり:話者の主張の方向が必然であるような押しつけ感を与える
  • じつは:話の続きに意外な事実があるように聞き手に期待をさせる
  • あるいは:列挙された事例ばかりでないとの印象を与える
といった受けとめ方をしてしまう。もっとも強調したい所だけで「やはり」と言ったり、常識論を並べた後で意外な事実を提示する前に「じつは」と言うことは非常に効果的なのだが、しゃべるたびに口癖のように言われると、またか、またかと思いつつしだいに聴く意欲を無くしてしまう。

 このほか、大学の会議で、いろいろ主張して、終わりかと思った時に「だからー」とさらに発言を続ける人が居られるが、もう終わりかという期待を裏切らせる点でこれも逆効果になる。

 こういう口癖は自分ではなかなか気づきにくいところがあり、私などもおそらく授業や会議で、耳障りな言葉を繰り返し使っている恐れがある。時々は自己点検しなければ....。