じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa

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[今日の写真] フジバカマにアカタテハが止まっていた。大学構内ではツマグロヒョウモンは至る所を飛んでいるが、アカタテハを見たのは初めて。



10月25日(木)

【思ったこと】
_11025(木)[心理]2歳児に漢字熟語の読みを教えることとそのロジック

 「2歳児における漢字の読みの学習過程」という紀要論文をこちらに公表した。機種依存文字使用など未訂正の部分が残っているが、10/26午前中には修正する予定である。

 要旨に示した通り、この論文は、「生まれて初めて日本語の文字を習得するさい,ひらがなに比べて漢字の習得のほうが容易であるか否か,また早期に習得した漢字がどの程度保持されるかについて」1年間にわたる縦断的検討を行なったものである。実験の結果、「漢字やかなまじり漢字表記の語は,カタカナやひらがなだけで書かれた語にくらべてより早く習得され,保持率も高」いということが示された。それらの結果に基づき、
  • 「まず、ひらがなを教え、その読み書きができるようになってから漢字を教える」という現行の文字教育には根拠が無く、むしろ、(書き取りではなく)読みを教える際には、漢字とひらがなを同時に教えるべきかもしれない
  • 漢字熟語の移入により、日本語が表音文字だけで判読することがひじょうに困難な言語になっているという特徴を考慮すべきである
  • 幼児期の最も初期の学習段階においてわざわざ判読が困難なひらがなだけで表記された絵本を与えるのはナンセンス。大人が普通に使っている漢字表記を最初から使うべきかもしれない
といった議論がなりたつことを強調したものである。

 この論文を発表された当時は多少の注目が集まり、幼児の漢字教育を推進する団体から講演を頼まれたこともあった。しかし、その中心となっていた方が高齢のためお亡くなりになったことや、当時交流のあった方がその団体から離脱されたことなどのため、私自身の関わりも次第に小さくなってしまった。その後も、複数の幼児教育関連企業から漢字熟語カード、カルタなどが発売されているが、日本の文字教育を制度的に変えるには至っていない。また、私自身はその後、発達障害児の漢字熟語学習の実験にも取り組んだが、こちらも障害児教育を変えるには至らなかった。

 私自身の研究に不十分な点が多々あることは認めるが、だからといって、「漢字よりもひらがなのほうがやさしい」という固定観念に検討のメスを加えないのは問題である。ネットを通じて多くの方に、この論文を読んでいただき、新たな研究が活発化することに期待したい。




 なお、念のためお断りしておくが、表記の論文は、「2歳2カ月の幼児でも漢字が覚えられる」という「英才教育」推進のために書かれたものではなかった。2歳2カ月で始めた根本的な理由は
実験開始時においてひらがな・漢字ともまったく読めない
という前提が必要だったためである。この前提さえ満たすならば、3歳児でも4歳でも構わなかった。つまり、どのような被験児の年齢を早めるかどうかはそれほど問題では無かったのである。

 次に、被験児一名だけの研究で何が言えるのかという批判があるかと思う。しかし、この研究はあくまで「反例を提示する」ロジックの研究、つまり、「漢字よりもひらがなのほうがやさしい」という固定観念を覆すために「漢字熟語のほうが早く覚えられ、よく保持された」という一例を示した実験であるので、これで十分。もちろん、日本の文字教育を本格的に変えようとするならば、それに先だって、何百人、何千人を対象とした試行を行う必要はあるだろう。

 それから、被験児が自分の息子であるからと言って、後の発達に悪い影響が出るような実験は倫理的に許されない。ある論文などでは、日本語に無いデタラメの読みを教えたり、研究遂行のためだけの人工言語を教えるような実験も行われているようだが、そういうことを長期に実施した場合には、将来にわたって長期記憶に負荷をかける恐れが否定できない。しかし、ここで行われた学習では、先に覚えても損はない内容であった。じっさい、この息子は、中学の校内漢字テストでは何度も一位の栄誉に輝き、高校進学後も常に上位の成績をおさめているようなので、弊害は無くむしろプラスの面が大きかったと言ってよいのではないかと思う。

 情緒的な悪影響に関しては、全体的考察の中で
まず,最も大きな反発として「早期の漢字教育は子どもの情緒を害するのではないか」との批判が予想される.しかし,これは導入の仕方の問題であって漢字教育そのものの問題ではない.もし,子どもに漢字を無理やり押し付けるならば確かに情緒を害することになるだろう.しかし,親子の遊びの一環として自然な形で教えていく限りにおいては,山田も指摘しているように,漢字を教えることと,歌や絵や折り紙を教えることの間に何ら質的な差異はない.「のびのびと育てる」などの理由をつけて子どもをほったらかしにしておくよりは,親子で漢字を覚えることを通してスキンシップをはかることのほうがはるかにすぐれた情緒教育になると思う.
と述べて否定している。

 もう1つ、漢字の読みを覚えるだけでなく、それを使って作文ができるかどうかも調べる必要がある。これについては、続編を「3歳児における漢字熟語の読みと生成」(1990年、『行動分析学研究』4巻、1-18.)に発表している。併せてお読みいただければ幸いだ。