じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa

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[今日の写真] アパート近くのセイタカアワダチソウ。自家中毒により同じ場所で勢力を保つことはできないと言われるが、今のところその傾向はない。それにしても、この地域、木造平屋の官舎が取り壊されたあとずっと空き地のままになっている。売却するなり、アパートを増設するなり、自然公園として開放するなり、何らかの施策があってもいいはずなのだが。



10月16日(火)

【ちょっと思ったこと】

カップ麺

 10/15の夜、NHKプロジェクトX「魔法のラーメン82億食の奇跡」を視た。プロジェクトに参加した人たちの創意と努力に感動するとともに、これまで疑問に思っていたこと、知らなかったことを知ることは、たいへん有意義であった。以下、記憶が無くならないうちに箇条書きにしておく。
  • 日清食品のカップヌードルが銀座の街角で宣伝販売されたのは1971年11月21日。2万食を4時間で完売する大人気。
  • カップラーメン登場前に開発されたインスタントライス、インスタントスパゲティ「スパゲニー」はことごとく失敗。会社は経営不振の状態が続き、自宅待機の新入社員も出た。
  • アメリカに販路開拓に行った安藤百福・(当時)社長がアメリカではどんぶり容器が無いということに気づき、開発のきっかけをつくった。
  • 具の開発を担当した大野一夫氏は、開発成功の2年後には日清を退社し、フリーズドライの第一人者として、離乳食の開発や中国での製造指導にあたっている。
  • 具にエビを入れたのは「日本人はエビが大好き」という安藤社長の発案。カクテル・シュリンプにヒントを得て、約2500種のエビの中から加工に適したプーバランというインド洋産のエビが選ばれた。
  • 開発直後は、大手商社からはなかなか相手にされず。夜働く消防士、工事現場作業員、看護婦、運転手などにまず普及した。翌1972年2月に発生した「あさま山荘事件」では、機動隊の食料として使われた。
  • カップ麺は、いま44社が参入。年間5000億円の一大市場。世界全体で82億食。
 以上、番組で知り得た事実を箇条書きにしてみたが、1971年と言えば、ちょうど私が大学に入学した年であった。しかし、もともとインスタント系の食事を好まなかったこと、最初の数年は下宿で夕食を出してもらっていたこと、発泡スチロール容器に直接お湯をそそぐことへの不安などもあって、学生時代にカップ麺を口にした記憶は全く残っていない。大学院の頃、山登りの際の非常食として使い始めたのが最初ではなかったかと思う。

 食生活全般を通して考えた時、カップ麺はしばしば悪玉の代表格に挙げられる。消防士、作業員、看護婦、運転手、あるいは機動隊員のように体を動かす量の多い人の夜食ならまだしも、机に座りっぱなしの受験生や大学生の夜食としてはあまりにも栄養が偏りすぎる。それと、環境ホルモンの問題も完全にシロと断定されたわけではなかったと思う。

 もう1つは環境への負荷だろう。容器の分別収集が進んだとは言え、平気で道ばたに投げ捨てる無法者もいる。炭素含有量を増やして「燃えるゴミ」として処理できるような容器も増えているというが、これはむしろ法の網を逃れるようなものであって、リサイクルにまわすのが本筋という議論(←もっと本筋なのは、リユースできること)もあるようだ。たくさんの人が食べた時の「残り汁」も排水処理上はけっこう大変な問題だ。

 その一方、救援食としての貢献はきわめて大きい。健康上は主食にも間食にも適さないが、時たま楽しみ、非常時に活用するというのが理想的ではないかと思う。