じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa

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[今日の写真] 農学部構内のギンナンの実。秋空に黄金色に輝く。



10月9日(火)

【思ったこと】
_11009(火)[電脳]IT時代における大学図書館の役割

 このところ複数の会議で、大学の図書館の最近の変化について話を伺う機会があった。かつて大学図書館と言えば、専門書や学術雑誌を書庫にたくわえ、教員や学生に貸出すという点で重要な役割を果たしてきた。ところが、このところのIT化の流れの中で、書籍の購入、管理、雑誌製本などとは異なる分野に使われる予算の比率が急激に高まってきたのだという。

 そうしたなか、最近ちょっぴり疑問に思うことがある。各大学図書館は、電子ジャーナル、書誌情報、新聞記事DBのために個別に予算を投入する必要があるだろうかということだ。

 もともと、各大学が自分の図書館の蔵書の充実に努めたのは、そこに足を運んで直接閲覧したり、借り出したりする必要があったからである。しかし、印刷書籍と異なり、電子的な媒体で提供される情報は、国内はもとより海外のどこからでも容易に入手できる。そういう状況のもとで、各大学の図書館が、個別に何十万から何百万もの(国立大ならば)国費を投じて競い合うように電子媒体を購入し、その管理、維持にこれまた多額の設備費や人件費を投じるというのは無駄遣いではないだろうか。

 かつて私がネットを始めた頃には、当時の学術情報センターの各種DB、Eメイル、BBS、ネットニュースなどのサービスを頻繁に利用したことがあった。EメイルやBBSあるいはホームページ開設のような部分は、今ではすっかり大学の総合情報センターや民間のプロバイダに頼ってしまったが、本来のDB提供機能はむしろますます利用価値が高められるべき方向にあったと思う。だからこそ基幹ネットもきっちりと整備されてきたのである。またそこでは課金のシステムがちゃんとできあがっているので、利用頻度の少ない宝の持ち腐れ的なDBにもおのずとチェックがかかるはずだ。

 これに対して、各大学の図書館が個別にDBを充実するというのは、大学間の利用を前提としないローカルは発想、つまり旧来の「蔵書をたくわえる」発想が抜けきっていないように見える。しかも、この種のソフトの価格は、多少の値下げ交渉はあっても殆ど業者の言い値で決まってしまうように思える。購入価格が適正であるかどうかのチェックもかけにくいし、利用頻度が把握されないままに宝の持ち腐れになる恐れもある。




 では、どうすればよいのか。素人なりに次のようなことを考えた。
  1. 電子ジャーナルのようなものは、(規模の大きいところであれば)学会、共同機関、あるいは(商業ベースに乗るなら)民間団体が多様に管理し、原則として無料で公開する。
  2. 二次情報(新聞記事、各種学術雑誌の目次、要約、引用情報など)は、民間の複数の情報提供会社の多様な開発に委ね、競争原理により量・質の向上をはかる。利用は、件数に応じた受益者負担、もしくは広告掲載による無料提供とする。
  3. 図書館などで一定の予算を確保し、IC学生証を提示した学生に一定の限度内で無料で利用できるようなサービスを行う。
  4. 各大学の図書館は、出来合いのDBソフトの購入よりも、すでにある蔵書についての検索システムの整備(特に、まだコンピュータで登録されていない古い書籍)、その大学で行われた研究についてのネット上での情報提供、利用者のための情報コンセントの整備に予算をつぎ込むべきだ。またこれを促進するためには、図書館と大学内の情報センターとの運営一元化がぜひとも必要。
 上記のうち1.の電子ジャーナル無料公開については、「購読代金があつまらなくなれば学会が成り立たなくなる」といった反発が出るかもしれない。しかしよく考えてみれば、学会が必要とする経費の半分近くは、機関誌の印刷や郵送にあてられているのである。印刷をとりやめ電子ジャーナル一本にしてしまえば、会費を半額にすることもできる。論文のようなものはなるべく多くの人に活用してもらってこそ存在価値がある。印刷物として提供しなければならぬ理由はどこにもない。