じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa

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[今日の写真] 農学部本館前の櫂の木(メス)。早くも一部が紅葉を始めた。飛んでいるのはキジバト。



9月25日(火)

【ちょっと思ったこと】

「桃太郎」と「さるかに合戦」の違い

 同時多発テロをめぐる首脳会談のために訪米した小泉首相は、記者団に対して「日本は主体的に何ができるのか、自ら問い直さなければならない」と述べたという。この「主体的」ということばは大変重要だと思う。敢えて言えば、「主体的に何ができるのか、自ら問い直す」以前に、「主体的とは何か、自ら問い直す」必要もあるのではないかと思う。

 多くの犠牲者・行方不明者のことを考えると不謹慎かもしれないが、いま米国がテロ組織撲滅のためにとろうとしている軍事行動は、日本の昔話で言えば「桃太郎」の鬼征伐に似ているところがある。桃太郎には、サル、キジ、イヌというお供が居た。私の記憶が正しければ、このお供たちが鬼征伐に加わったのは吉備団子で雇用されたためである。主体的な判断に基づいて征伐に参加したとは言い難い。

 不謹慎を承知でもう1つ言わせてもらうが、日本の昔話には「さるかに合戦」というのもある。こちらに紹介されているように、この話は、母カニを殺された子カニたちが、サルをこらしめに行く話だ。ここで登場するクリ、ハチ、牛のクソ、臼は、別段報酬をもらったわけではない。もともとサルにはうらみがあり、一致協力して懲らしめに行ったのである。この点では、桃太郎のお供と違い、あくまで主体的に参加したと言えよう。

 「桃太郎」と「さるかに」にはもう1つ大きな違いがある。鬼ヶ島に着いた桃太郎とお供たちは、みな武力で鬼と戦った。「さるかに」では、
  • クリ→いろりではじける
  • ハチ→水瓶の所で刺す
  • 牛のクソ→足を滑らせる
  • 臼→サルの上にドシン
というようにそれぞれが自分の特技?を活かして持ち場を固めるのである。テロ撲滅のための対策は資金源を断つこと、背景となる貧困や宗教的対立を無くすことなど多様でなければならない。米国の要請を一方的に受け入れるのではなく、テロ撲滅のために何ができるのかを主体的に考えていくべきだろう。

 先日9/21に、米空母キティホークが横須賀からインド洋上に向けて出航する際には、海上自衛隊の護衛艦が「随伴」したという。岩波国語辞典によれば、「随伴」とは、「お伴としてつき従って行く」という意味である。少なくとも「先導」ではない。聞くところによれば、「調査・研究」を名目にインド洋まで護衛に行くという計画もあるらしいが、どう見ても「お供」。だいいち、世界最強の米艦隊に自衛隊の護衛が必要であるとも思えない。もう少し別にすることがあるのではないかなあ。



 もう1つ、米国支援策の1つとして、「在日米軍施設の警備強化」が挙げられているようだが、これは少しおかしい。これは日本国内は安全な場所で、国内にある米軍施設だけがテロ攻撃の対象となるという前提のもとで、施設入口を警備しようという発想かと思う。しかし、米国が戦争に入り日本がそれを軍事的に支援したとなれば、相手から見れば日本も同格の敵国である。国内のあらゆる施設はもちろん、在外の大使館、観光客もテロの標的になる。この危険性は理解されているのだろうか。

(念のため繰り返し言っておくが、上記の「桃太郎」、「さるかに合戦」は、テロ撲滅のための主体的な関わり方、持ち場を活かした関わり方を考えるための例え話として持ち出したものであって、報復攻撃を容認するものでは決してない)。