じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa

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[今日の写真] ザクロの花。昨日の琵琶と同様、この果樹も今年は表年にあたり、たくさんの実がなりそうだ。



6月1日(金)

【思ったこと】
_10601(金)[心理]園芸療法・園芸福祉を考える(5)園芸療法とは何か(中編)園芸療法士の資格

 昨日に引き続き、『グリーン情報』に連載中の松尾英輔先生のエッセイを参照しながらこれについて考えてみることにしたい。今回は「園芸療法に関する高等教育を考える」(2001年2月)について。

 近年、園芸療法への関心が高まる一方、「介護保険の施行、福祉への関心、ガーテニングブームなどを総合したヒジネスの展開」の流れの中で、専門家の養成をうたい文句にコースや科目を開設している専門学校がいくつか現れるようになった。これは裾野の広がりという点では歓迎すべきことかもしれないが、反面、質の低下をもたらすおそれもある。この点について松尾先生は
このコースを終えた専門家?がプロとして園芸療法士の社会的格付けを決定してしまう可能性をもっているからである。その格付けが高ければ問題はない。むしろ低くなる可能性が大きい点に問題があるのだ。.....【中略】.....インスタントの専門家養成コースで園芸セラピスト?や園芸療法の専門家なるものが養成され、そのレベルで認知されてしまうのがこわい。
と述べておられる。これは、ある意味では、心理療法についても言えることである。少し古い引用になるが99年7月26日の日記によれば、心理療法に関する資格で国家資格となっているのは「精神保健福祉士」と「言語聴覚士」の2つにすぎない。よく誤解されるが「臨床心理士」は国家資格ではない。このほか各種学会が認定する資格もある。特に問題となるのは「カウンセラーになるには資格は要らない」ということだ。「カウンセラーの資格がとれる」を宣伝文句にしている専門専門学校や通信教育は多数あるが、実際にはその学校が独自に認定しているだけという所もある。

 さて、園芸療法士を国家資格として格付けし、それを取得するための教育機関とカリキュラムを確立するには何が必要になるのだろうか。そのためには、園芸療法士に必要とされる技法と、実際に携わる仕事の内容を明確にしておく必要がある。
  • 園芸の技法的な面、例えば植物の栽培についての技法を重視するのであれば、農学部で行われているような園芸学関連の教育を受ける必要がある。
  • 障害者や高齢者の福祉施設における作業を重視するのであれば、作業台の高さ、スペース、道具など、入所者が能動的な働きかけを自発しやすいような環境を整備するための知識や技術、すなわち、理学・作業療法関連の教育を受ける必要がある。
  • 園芸活動に関わる行動を「楽しく」持続させるための技法、さらにはそれによってどういう効用があるのかを客観的に評価する技法を身につけるためには、行動分析学関連の教育を受ける必要がある。
 ところで、園芸療法は「療法」という言葉から、医療分野との結ぴつきが強いものとしてイメージされている。松尾先生はこのことに関連して、
.....医療分野の作業療法は医師の指導のもとに行われる。その作業療法の一つとして園芸が行われるということは、医師の指導のもとに、作業療法士が園芸を行うか、作業療法士の介在のもとに園芸療法の専門家が実施する可能性が高いことを意味する。単純に考えれば、園芸活動は、医師---作業療法士---園芸療法の専門家という医療ピラミッドのなかで行われることになる。いいかえれば、園芸療法の専門家は医師や作業療法士よりも下位に格付けされ、被対象者に対して、医師や他の療法関係者と対等の立場でかかわることができないのである。これでは園芸療法士は浮かぱれない。
という懸念を示した上で、園芸療法の専門家の活動分野は、医療か生活指導かを明らかにしておく必要があると指摘している。この種の問題は、音楽療法や絵画療法など「療法」と名がつくすべての活動に共通する問題である。じつは、心理療法も同様である。心理療法は決して、精神障害者や精神的に悩みを抱えた人のためだけの医療技術ではない。我々すべてが、精神的に健康を生活を保つためにどうすればよいか、そのための日常生活サポートと共通の根っこが無ければうまく機能しない。例えば、スクールカウンセラーの場合も、問題行動の改善ばかりに取り組むばかりではなく、学校内の教育・生活環境全般を良好な状態に保つようにサポートできる人材が求められる。次回はこのあたりの問題を考えていくことにしたい。
【ちょっと思ったこと】

円周率を何桁まで記憶できるか

 夜「運命のダダダダーン!」を見た。その中で円周率の記憶に関する話題がなかなか面白かった。

 番組によれば、友寄秀哲(ひであき)氏はギネスブックの記録を3度書き換えた経歴をもつ、円周率記憶の名人。円周率小数点以下を10桁ごとに区切り「都市の1人の黒人。花婿に珊瑚をあげる....」というような語呂合わせとイメージを結びつけた「積極連想記憶術」により15151桁の暗唱を達成。この記録はすぐに破られたものの、再び2万桁暗唱でギネスブックに名を載せる。その記録もインド人の31811桁により破られてしまうが、1986年、53歳の時、17時間21分かけて暗唱を続け「最後は1です」と言い終えて4万桁を達成した。

 友寄さんの記録は、1995年に42195桁が暗唱されることによって3たび破られるが、現在、70歳を越えたお年で5万桁に挑戦しておられるというから大変なものだ。

 この番組で思ったことをいくつか。
  • 人間の記憶容量(この場合はイメージと結びつけた長期記憶)は何キロバイト(メガ、ギガ?)ぐらいまで可能なのだろうか。もっともこの場合、記憶されたサイズの大きさよりも、それをどう取り出し再生するかがカギとなっている。
  • 将棋や囲碁のプロ棋士は何局もの棋譜を正確に暗唱できるという。この場合は、手順に一定の必然的な流れがあり、細かい部分の記憶が欠落しても順序関係から推測ができるためであると思う。円周率の数字は系列依存性が全く無い(らしい)ので、イメージの系列に依存させながら覚えるほかはない。
  • 母音のみ、あるいは「子音+母音」だけで構成され、かつ同音異義語の多い日本語は数字の暗記に適しているように思えるのだが、他の言語ではどうやって無意味な数列を記憶していくのだろう。
 友寄さんは、上記の「積極連想記憶術」に加えて、眠いとき、酒に酔った時、女子高生の会話が聞こえる所など、集中しにくい環境で記憶訓練をするという「ワーストトレーニング」を実践した。「自分の状態が一番悪い時でも再生できるように訓練しておけば、ギネス認定のような緊張場面でもミスを犯すことが無い」という論理なのだが、これって、どの程度の応用性があるのだろうか。もし一般性があるとするならば、受験勉強の暗記科目なども、クーラーの効いた静かな環境で訓練するよりも、騒々しい場所で汗だくになりながら訓練したほうが成果があがるということになる。

 いま述べた点、心理学でどういう研究がなされているのかは調べてみないと分からないが、個人的な体験から言えば、少なくとも「覚え込む」段階では、静かで快適な環境のほうが成果が上がるように思える。必要なのは、それを再生する段階で、環境・文脈フリーの訓練を重ねることだろう。英会話の決まり文句などはまさにそうであり、いくら自室で繰り返しカセットを聴いても、日常場面で適切な表現が浮かんでくるとは限らない。場数をこなすというのは単に訓練回数を増やすということではなく、なるべく多様な環境・文脈のもとで実践経験を積むということを意味する。「ワーストトレーニング」の効果もこのあたりにあると思うのだがいかがだろうか。

 余談だが、上記番組では、円周率記憶とは別に、理想宮などの石の建造物の作者で知られるシュヴァル(フランス人、1924年88歳で死亡)の話も面白かった。あっ、それから、どんなに記憶力の優れた人でも、現時点では2061億5843桁より多くの円周率を記憶することはできない。理由は、その桁までしか計算されていないため。