じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa

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[今日の写真] 文学部中庭のクローバー。昼食時に視ていた手話ニュースの中で、金田一晴彦氏が、「ツメクサには雑草の爪草と、クローバーがある。爪草は鳥の爪に似ているため、クローバーのほうは爪ではなく『詰め草』という意味で、南蛮渡来のガラス製品などを詰める時に使ったために名づけられた」という説明をしておられた。
この中にはは従来は芝地であったが、定削で用務員さんが居なくなってからは芝刈りの回数が減りご覧のありさまとなった。いっそのことヒツジでも飼えばよいと思うのだが.....。



5月21日(月)

【思ったこと】
_10521(月)[心理]京都心理学セミナー(6) 「言葉」による「行動の支配」のつながりを解放すること


 連載の最終回。今回のセミナーで、高橋氏は

●Hayes, S. C., Bissett, R. T., Korn, Z., Rosenfarb, I. R., Cooper, L. E., & Grrundt, A. M. (1999). The Impact of Acceptance versus Control Rationales on Pain Tolerance. The Psychological Record, 49, 33-47.

が行った実験、および、それらを発展させた高橋氏と武藤氏による実験の内容を紹介された。

 上記の文献は高橋氏の話題提供後にさっそく入手したが、まだ読んでいない。あくまで、孫引きということになってしまうのだが、Hayesらの実験は、「摂氏0度の冷水に手を入れる」という「痛み」課題において、事前に、ACT理論に基づくrationaleあるいは、認知行動療法やストレス免疫訓練といった考え方を元にした講義(Control rationale)が、痛みに耐える時間や報告される「主観的な痛み」にどういう効果を及ぼすかを検討したものであった。ここで「rationale」というのは、理論的な説明とエクササイズ、実習を含むものであったという。概略としては
  1. ACT理論に基づくrationale:「言葉による統制」といったprivate eventsが行動に大きな影響を与えていることを前提とし、この「言葉と行動のつながり」を「切り離す事」が有効である、としている立場に基づいた講義内容
  2. Control-based rationale:認知行動療法の一つとしてあげられているストレス免疫訓練や痛みへの対処法をもとに、private events や痛みを直接コントロールすることが有効である、という趣旨の内容。具体的には、positiveな自己教示やイメージ、呼吸法という対処法。言語により行動を統制しようと試みている点で1.と根本的に異なる。
  3. 統制群「attention placebo rationale」:痛みという現象についてそのタイプ分類や要素、あるいは行動療法的な説明といった教育的なプレゼンテーション。
高橋氏は時間の関係で、耐久時間についての結果だけを紹介されたが、それによれば、1.のACT理論に基づくrationaleを受けた群の被験者のほうが他の2群の被験者より、有意に長い時間、冷水に耐えることができたという。

 次に高橋氏は、武藤氏と共に行ったオリジナルの実験研究を紹介された。Hayesらの元の実験でrationaleの内容が「講義」と「エクササイズ」とに分かれていた点について、特に、「エクササイズ」に注目し、エクササイズの内容の違いの効果を検討したものであったが、未だ公刊されていない研究であるのでネット上で内容に立ち入ることは差し控えたいと思う。

 以上2つの実験研究を通じて導かれる

Acceptanceの状態は知識として獲得できるものではなく、経験を通して獲得されるものである

という結論、特に

「言葉」による「行動の支配」のつながりを解放する。

ことに注目した点は多いに評価できると思った。

 もっとも、私自身が日頃から主張している心理学研究における実験的方法の意義と限界という視点(こちらに続編あり)から見れば、これらの実験研究だけでは納得のいかない点もある。それらは
  1. 「冷水に耐える」という課題で得られた結論はどこまで一般化できるかという疑問。
  2. 質的に異なる条件を設定したことの問題。
という2点に要約することができる。特に2.に関して、Hayesらの実験では、
  • ACT理論に基づくrationale
  • Control-based rationale
という比較が行われているが、両者いずれも、どういう説明項目やエクササイズを取り入れるかによって内容が大幅に異なってしまう恐れがある。要するに、

中学校の宿泊研修は、海の近くがよいか、山の中で行うのがよいか。

を比較したようなもの。一口に「海の近く」という条件でも、海水浴ができるのか、海を眺めるだけなのかによって内容は著しく異なる。ロケーションも大きく影響する。

 となると、Hayesら、あるいは武藤・高橋氏の主張は、結局のところ、実験によって実証されるというより、実践活動の中で多様な成果をあげることによって有効性が確認されていくべきものではないかと感じた。

 なお、Hayesらの研究は、1999年に

●Hayes, S. C., Sstrosahl, K. D., & Wilson, K. G. (1999).Acceptance and Commitment Therapy: An Experiential Approach to Behavior Change. Guilford Publications.ISBN 1572304812.

として出版されており、その書評が2000年のThe Psychological Record誌(51巻、167-170頁)に載せられていることが後日わかった。上記の書籍は現在注文中である。入手後、細かく拝見した上で、さらにコメントさせていただきたいと思っている。



[5/22追記]武藤さんから、この日記(一連の連載分を含む)に対するリプライをいただいた。御本人から了承をいただいたので、ここに転載させていただく。ありがとうございました。[改行箇所、見出しのアンダーラインは一部長谷川のほうで改編]
発表内容の「輪郭」を描いていただいて感謝しております。
以下、発表に関する補足などをさせてください。

a) ACT手続きの6つのフェーズの「ネーミング」について
確かに「励まし本」風に武藤が「意訳」しましたが、原本では

1) Creative hopelessness: Challenging the normal change agenda
2) Control is the problem, not the solution
3) Building acceptance by defusing language
4) Discovering self, defusing self
5) Valuing
6) Willingness and commitment: putting ACT into action

でした。当日いらっしゃったオーディエンスの方々でしたら、原本のままでもよかったかもしれません(想定では大学学部2年生(心理学専攻)を考えておりました)。

b) メタファーを多用している点
Hayes らの1999年のマニュアル本のサブタイトルは

An "Experiential" Approach to Behavior Change 

なのです。ここでの「体験的・経験的」という意味は、1)ルールではなく直接的な随伴性を強調、2)メタファーやエクササイズによる「疑似体験」を利用、というように解釈しております。確かにACTでは言語のもつ特性から生じるネガティブな側面を軽減することを第一義としています。しかし、逆に、積極的に言語の持つポジティブな「表象的」機能を利用して「体験」させるという特徴も見逃せません(私の発表冒頭で実際に「間違い探し」のエクササイズをやっていただいて、発表の「核心」を感覚的に理解していただいたことからもご理解いただけたかと思います(たぶんですが...))。

また、メタファの乱用は注意するようにそのマニュアルにはありまして、今回の発表はメタファがバラバラとありすぎで散漫になっていたという反省もあります(なにか発表しながらテンションが上がり過ぎて予定にないメタファもかなり使用してしまったのです。とある学生さんからは「何かが憑いていたようだった」と言われてしまいました)

c) 行動随伴性パラダイムによる記述
 行動随伴性パラダイムによる記述は、今回の発表のために初めて行いました(もちろん、Hayesらによってそのような記述されてはいません)。最初は、説明効率の良さから、そのパラダイムを使用してプレゼンテーションすることを思い立ったわけですが、結局は自分の理解・整理にとても有効だったというのが率直な感想です。つまり、ACT手続きの各フェーズを機能分析するということになったからです。

d) Acceptanceの概念
 行動的な「Acceptance」アプローチをしている人は、Hayes派以外にもいます。例えば、Jacobson & Christensen のCouple Therapyです。私の印象では、Hayes 派が特にAcceptanceの状態を「いかに作り出すか」という手続きを一番、体系的にまとめていると言えます(「哲学→理論→実験→臨床」という一貫性から言っても)。しかし、全面にAcceptanceという語を押し出すことは新たな誤解を生み出さないかとやや心配ではあります。Hayesは、「経験の回避」という問題と連動した形でAcceptanceのアプローチを考えています。心配なのはそのスタンスを理解していないと、「実際の行動で外的環境を変化させることのできるようのもの」についてもAcceptanceをすることが有効なんだという「般化」が生じないかという不安です。この概念は一般的であるが故に誤解も生じやすいので、それに対するケア(説明をする際の)を最初から考える必要があるなぁと考えています。

取り急ぎ、リプライまで。
【ちょっと思ったこと】

変身ダコに驚く

 夕食時にNHK「地球・ふしぎ大自然:バリ島に謎の変身ダコ出現!」(←NHKにしては大げさなタイトルやなあ)を見た。バリ島周辺の砂地の海底には、ミミックオクトパスと名づけられた変身タコが生息している。映像で紹介されただけでも、ウミヘビ2種、ハタタテガレイ、スナイソギンチャク、ツノウシノシタ、ミノカサゴ、ウミシダ、ワンダーパス(毒タコ)など10種類近い生き物に変身していた。単に色・形ばかりでなく、動きまで真似できるところが更に凄い。

 番組の中の解説にあったように、このタコが生息する場所は砂地で身を隠すことができない。それゆえ、敵から身を守る際には、自分より強いもの、あるいは毒のあるものに変身する。また、相手を「油断」させて捕食するために、時には自分より弱い生き物に変身する。砂地ならではの適応ぶりであった。

 いわゆる擬態は、脊椎動物でもたまに見られるが、形が固定されているため、そのリパートリーはきわめて限られている。軟体動物だからこそ、細長くなったり、平べったくなったりできるとも言える。それにしても、ああいうマネは、どこまでが習得されるものなのだろうか。また、能動的に変身できるものなのだろうか。

 余談だが、ミミックオクトパスが形と動きの可塑性を活かして適応した動物であるとするならば、人間は声帯の可塑性を活かしていろいろな音声を発し、コミュニケーションやスキルの継承の道具として利用しながら適応をはかった動物であると言えよう。もっとも、声帯の場合は可塑性だけではない。能動性、つまり、特定の刺激がなくても反応を自発し、結果によりその量や質を変えることができた点に大きな特徴がある。ミミックオクトパスの変身にそのような能動性があるのか、それとも単に、周囲の環境や食欲に依存して擬態のパターンが受身的に決まっているだけなのか、今後の解明が待たれるところだ。

※5/22追記
こちらに関連記事があった。「足を白くさせて直立しています」っていうのは、ウミヘビのマネだろうか。この目撃談から言うと、日本近海でも変身ダコが出現していることになる。