じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa

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5月4日(金)

【思ったこと】
_10504(金)[心理]象牙の塔と現場心理学(番外編) 心理学の法則と囲碁の格言

 東京・自宅には、囲碁の本が数十冊置かれている。父が買い揃えたものであり、父はこれを読んでアマ三段まで上達した。もっとも私のほうは、いっこうに上達しない。せいぜい、Windows用の「お気軽」な囲碁ソフトで、ハメ手で勝つことを楽しむぐらいなものである。

 そんな本の中に『囲碁格言』とか『囲碁名言』といったたぐいのものがある。 格言は
  • ツケにはハネよ
  • 二立三析
  • 三子の真ん中は急所
といったもの、また『囲碁名言集』(坂田栄男、有紀書房、出版年不詳)には
  • 碁は調和にあり
  • 右を打ちたいときは左を打て
  • 死はハネにあり
といったものが並べられている。いずれも抽象的かつ漠然としていて、科学的な命題とは言い難い。真偽を証明することができないからである。

 しかし、こうした格言や名言を学ぶことで実力がアップするとなれば、それらにも何らかの有用性があることになる。自然科学の世界では、いっぱんに対象を分析し、法則を発見し、実証し、その成り立つ範囲を確定することで研究の進歩があると考えられている。そういう方法をとらない「格言」や「名言」が有用であり続けるのは何故だろうか。

 『囲碁格言パート1」(上村邦夫、日本囲碁連盟『囲碁研究』昭和63年3月号付録)の前書きで上村氏は
私はアマチュアにとって、格言は非常に大切であると考えています。格言は、筋や形の要約集ですから、格言を理解できれば、攻めや守りに大いに役立つと思います。...[中略]...格言は、先人達の知恵。碁の格言には、碁の知恵がつまっているのです。
また、上掲の『囲碁名言集』の助言で坂田氏は、
アマチュアの碁の一番の欠点は、考え方がせまい、視野がせまい、ということではないでしょうか。部分にこだわったり、構想に飛躍がなかったりするのは、そのせいだと思います。定石や手筋を覚えても、考え方がせまいため、有効に活用できないのです。いま立っているところから、ほんのちょっとでもいい、角度をかえて見ることができれば、ぐっと視界がひらけ、思想のハバがひろくなってきます。
 この本は、あなたの碁を脱皮させ、考え方の角度をかえる、その手助けをしようというのが目的です。...
と述べている。これらに記されているように、
  • まずは、定石、手筋、形を習得することが基本
  • 「格言」や「名言」は、それらを分類整理し、想記しやすいようにまとめたもの
  • 「格言」や「名言」を学ぶことで、個人体験に基づく思いこみから脱却し、クリティカルな視点を養うことができる
当然のことながら、受験生向けの英単語集のように格言や名言を丸覚えしても囲碁が強くなるはずはない。数学の定理に近い、定石、手筋、形などを覚え、ある程度実践体験の中で活用法を身につけた場合に限って、有用になってくるのであろう。

 さて、本来「格言」や「名言」というものは、人生の諸問題について、多様な実践体験を簡潔に言い表したものである。それらが有用であり続けるのは、先人と自分自身のあいだにかなりの程度の共通体験があるためと考えられる。個別には分析、法則化されていなくても、種々の問題を包括的にとらえ、包括的に対処できるならば有用性が損なわれることはない。

 では心理学の研究の場合はどうなのだろうか。心理学でいう法則や原理は、囲碁の「定石、手筋、形」に近いところがある。となると、個別に法則や原理を羅列するだけでは、日常生活に活かすことはできない。その一方、そういう法則や原理に立脚しない「格言」や「名言」ばかりでは、確かにそうだと感じた時に納得することはあっても、なぜそうだと感じるのか、それをどう活かせばよいのかということについて積極的な改善策を生み出すことができない。

 名言や格言とは性質が違うが、最近では、米国大統領選挙や小泉新首相の発言などに関連して「サウンドバイト」という言葉が使われるようになってきた(←4/28の日記読み参照)。 大前研一アワー38 一人勝ちの経済学は、これに関連して
最近の若い世代は、「サウンドバイト(ほんの短いメッセージ)的思考」であるといわれます。直感的に物を考え、あまりロジックを形成することがないのです。これにはマスコミの影響も大きく関与しています。つまり、メディアによる「刷り込み」が行われているのです。このような環境では、「メガヒット」が生まれやすくなっています。

と述べている。格言や名言とサウンドバイトも、短いメッセージで納得を与えるという点では共通するものがある。問題は、
  • その表現自体が、何らかの法則や原理、あるいは豊富な実践体験に基づいたものであるのか
  • 受け手側にもそれなりの豊富な経験があるのか
  • 受け手側にどれだけのクリティカルな目が備わっているのか
といった点にある。そういうものが無いと、反社会的な宗教団体のマインドコントロールにも染まりやすくなるし、昨今話題の首相公選制が実現してもイメージやムードだけに流された人気投票に終わってしまう恐れが大きい。そういう意味でも、心理学において、「人はどのような条件のもとでどのようなサウンドバイトに染まりやすいか」を広く知らしめる必要があるとともに、行動の原理にしっかりと根をおろした格言や名言づくりが求められているように思う。