じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa


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[今日の写真] 連休をのんびりと過ごす?カンガルーの親子。我々にもこういうゆとりが欲しいものだ。北九州市・響灘緑地のグリーンパークにて。




5月4日(木)

【思ったこと】
_00504(木)[一般]バスジャック事件その後

 3日午後に西鉄の定期高速バスが乗っ取られた事件は、4日早朝に警察がバス内に突入し人質を無事救出、17歳の少年を逮捕した。

 昨日の日記でも書いた通り、この事件は、妻の実家のある北九州に移動中に発生し、山口県内で当該のバスとすれ違ったこと、小郡付近でバスから飛び降りた現場を目撃したこと、北九州から岡山に戻る途中で給油することの多い小谷SAのGSの目の前で起こったことなどから、他の刑事事件に比べて特別の生々しさを感じた。

 昨日の日記では、精神科に入院していた少年が一時帰宅中に起こした事件であったとの報道に基づいて、思わず「今回の事件を含め、何らかの精神障害が一因となって発生する刑事事件の容疑者に男性が多いのはなぜだろうか」と書いてしまったが、「精神科に入院中だから精神障害」と決めつけるような書き方をしてしまったことは思慮が足りなかった。「精神障害」はかなり曖昧な概念であるが、とにかく、どんな診療科の場合でも、そこに通院・入院しているというだけで病気にかかっていると断定するわけにはいかない。病気の疑いのある人も通院・入院している場合があるということを忘れてはなるまい。また念のため言っておくが、精神障害と精神病は異なる概念である。混同してはならない。

 それと、仮にこの少年が精密な検査を受けることで、何らかの診断基準に達していたとしても、そのことが今回の事件の一因になっていたとは直ちには断言できない。この点でも思慮が足りなかったと反省している。

 5月5日の毎日新聞記事によれば、この少年が精神科に入院したのは、3月に家庭内で刃物を持って暴れたため。家族が県警に相談し、医師も交えて話し合った上で入院させたという。明確な診断名に基づいて治療のために入院させたのか、周囲に危害が及ぶことを避けるために緊急避難的に入院させたのか、このあたりは報じられていなかった。このほか記事には
  • 中3の時に、同級生に筆箱を取り上げられ「返してほしかったら飛び降りろ」と言われ校舎2階から飛び降り、重傷を負った。
  • 直後の高校入試は病室で受験し、県内有数の県立進学校に合格したが、本人は1ランク上の高校が志望だった。
  • 高校進学後は9日間通学しただけで不登校に。
  • 不登校になったあとは、飼い犬や家族に暴力をふるうようになった。
  • 「遠くに行きたい」と言って聞かず、父親の運転する車で何度も広島、岡山、奈良などにドライブした。
といった経緯が記されていたが、このうちの何が遠因になったのか、何が無関係であったのかを見極めることは難しい。事件の再発防止のためにもぜひ伝えてほしいのは、少年の暴力や要求に対して、カウンセラーや医師がどのような対応を指示したかということだ。かつて、家庭内暴力に耐えかねた父親が金属バットで息子を殺害した事件の場合には、精神科医などから「親が子の要求に答えてやることが必要」と指示されたことが暴力をエスカレートさせた一因になったとする見方もあった。

 少し前にも「日記読み日記」で引用したことがあるが、『行動分析学入門』(p.10)に以下のような記述がある。
我々行動分析家は、行動の原因を考える時、医学モデルを使わない。...行動分析家にとって、問題行動や行動的問題は心の病の症候なのではなく、行動自体が解決すべき問題なのである。....
 このことは、問題行動は背後にある生物学的問題、たとえば、脳損傷やダウン症とはまったく無関係に起こるのだといっているわけではない。ただ、多くの心理学者は、目に見える行動に対して心理的な原因を推測したりでっちあげたりすることによって、実際の問題、すなわち行動を直すことよりも、自分たちがでっちあげた心理的原因を治そうとしてしまう。
 家庭内暴力が医学モデルで説明できるにせよ困難であるにせよ、それが道具的に生じている(=情動的に生じる無方向の爆発でなく、何かの結果を求める手段としてオペラント的に生じている)とするならば、それは何らかの形で強化されていると考えるべきだ。とすれば、それらは、暴力に頼らない別の行動を強化する一方、暴力的行動に対しては、
  1. 暴力をふるった場合は、出現するはずの好子を除去する(好子出現阻止の随伴性による弱化)
  2. 暴力行為自体に罰を与える(嫌子出現の随伴性による弱化)。但し、この手段は、状況や文脈に限定的な効果しか及ばない(特定の場所での暴力は抑止できても、監視の目の行き届かない別の場所では引き続き暴力が継続する恐れが大きい)。
  3. 暴力をふるってもいっさい無視する(消去)。但し、これは消去の効果が表れる前に一時的なエスカレートが見られる場合がある。許容範囲の設定とそれを越えた場合の対策を講じておく必要があるが、周囲の忍耐が必要。
重要なことは、このうちの3.はあくまでテクニカルな手段として選ばれるべきであること。反抗期が発達過程で必要不可欠なものだから、などという医学モデル、発達モデル上の要請に基づいて選ばれるものではないということだ。

 今回の事件とは全く別の話題になるが、何らかの妄想に基づいて周囲に迷惑を及ぼす行為があった場合に、「あの人はまともに説得しても話が通じないから」、「よけいな刺激を与えると何をするか分からない」といった理由で放置するのも問題が多いと思う。妄想があろうと無かろうと、周囲に迷惑が及ぶような問題行動は徹底的に咎めるという姿勢も必要。消去というテクニカルな視点を持たずに放任することは、本人の問題行動を強化し、ますます深刻な問題行動にエスカレートさせていく危険性があると思う。

 もう1つ、今回も問題となった「いじめ」だが、いくら教育改革を進めても、「思いやり」、「協調」、「集団行動」といった教育だけでこれを解消することには限界があると思う。4月9日の日記でも述べたように、いじめの根源は、安心する権利(Safe) 、自信を持つ権利(Strong) 、自由に行動する権利(Free) といった権利の侵害にある。これが侵害することが如何に人間にあるまじき行為であるかを徹底的に教育し、具体的な行為を根絶するために学校、家庭、地域が一丸となって戦う姿勢が必要。事なかれ主義や「権利よりも義務」主義が横行する限りは、これらは決して無くならないと思う。
【今日の畑仕事】

旅行中につき何もせず。
【スクラップブック】