じぶん更新日記1997年5月6日開設Y.Hasegawa |
![]() |
10月12日の朝焼け。この世とも思えぬ異様な景色だった。台風をルーツとする雲のかたまりを伴った前線が中国地方にあり、昨晩から蒸し暑い。 |
【思ったこと】 991011(月)[心理]心理学この百年(3)松本亦太郎と優良種族育成論 一昨日の日記の続き。本日は松本亦太郎氏をとりあげたい。『通史 日本の心理学』(佐藤達哉・溝口元、北大路書房、1997年)によれば、松本亦太郎は1865年群馬県生まれ。1886年に第一高等中学校に入学、夏目金之助らと同級であったが文科主席で卒業。1896年に米国イェール大学に入学し「音空間の研究」でPh.Dを取得。翌年には助手に任じられたものの1897年にドイツのライプツィヒ大学に官費留学。ヴントの指導を受けた。1906年に京都帝国大学文科大学の心理学講座教授に就任。これが我が国最初の心理学講座であったという。その後、東京帝大の元良勇次郎氏の死去に伴って1913年から東京帝大の教授になり1926年に定年退官。1943年に死去された。 このように、松本亦太郎は、日本の実験心理学研究の開祖として知られているが、その活動範囲は多岐にわたっていたようだ。一昨日にとりあげた『心理研究』(1912創刊、1925年に廃刊)も『心理学研究』(1926年創刊、現在に至る)も、第一巻の最初の論文は松本亦太郎氏が執筆されたものだが、そのタイトルは前者が「優良種族の消長」、「藝術進路の心理學的考察」となっていて、実験心理学とは無関係の内容になっている。 幸いなことに岡大の図書館ではいずれの論文も容易に複写ができる。このうちの「優良種族の消長」をざっと拝見してみたが、今の時代であればたちまち人権問題あるいは障害者差別として非難を受けそうな記述があったのには少々驚いた。この講話は第十六回心理學通俗講話會講演として行われたものの記録であり、そのの終わりのあたり(29頁〜)を見ると 第一は低能、精神病、盲唖、犯罪人と云ふやうな劣等なる人間を減少せしむるには如何にすれば宜いかと云ふ如き問題を研究し又或る気候の処【マダレつきの「処」】で生存しようとするには、どう云ふ結婚を奨励するのが宜いかと云ふ如き、局部的具体的の問題を研究するのである。と記されている(ネット上の表示の都合で旧字体の一部を改めた。以下同様)。もっともこうした記述があるからという理由でこれを差別文書と見なすわけにはいかないだろう。当時にはそうした発言に拍手喝采を浴びせる時代的背景があったからだ。こうした考えがどの時点で、現在の臨床心理学の流れに転換していったのか、それについてどのような内部点検がなされてきたのか調べてみる必要がありそうだ。 松本氏はさらに優良種族学の目的について 要するに優良種族學は人間心身の特質の自然の分配を二様の点に於て人為的に矯正せんとして居るのであります。是即ち第一は民族全体の文明的価値を向上せしめようとし、第二は、卓絶の度を高めるのみならず、卓絶したものを益【ますます】多数ならしめようと云ふのであります。とした(31頁)上で ...偶然の勢力に翻弄されて居る以上我々人間は到底未開人たるを免れぬ。苟も開明の人間であるならば、偶然の勢力を意志的に制御して利用する道を講ぜなければならぬのである。人間の文明価値は我々の努力と工夫に依ってだんだんに之を上昇せしめて行かねばならぬのである。優良種族學は文明民族の衰頽に対する科学的反抗の声であります。此反抗の為めに文明民族の生命を延長せしむるは必しも不可能の事では無い、つまり不都合の多い世の中を我々人間の理想に適ふ様な状態に改造して行くのが文明民族の仕事でありはせぬかと思ふのです。大変に長い間お話をいたしまして相済みませぬ。是で御免を蒙ります。(拍手喝采)当時の時代的背景についてもう少し調べてみる必要がありそうだが、一方で知覚心理学の実験に取り組んでいた松本氏が、講演でこのような現実問題にふれて優生学的立場から我々人間の理想に適ふ様な状態に改造するために偶然の勢力を意志的に制御して利用する道を模索しておられた点は興味深い。おそらく当時の国策にも合致していたのであろう。 |
【ちょっと思ったこと】
|
【本日の畑仕事】
イモ畑の跡を耕し、レタスとブロッコリーの苗を植え付け。エンドウ(ツタンカーメンのエンドウ)とチンゲンサイのタネを蒔く。 |
【スクラップブック】
|