じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa

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[今日の写真] ぎんなんの実。先日の台風の時に一部落ちてしまったが、これからが本格シーズン。大学周辺に住む方、個人タクシーの運転手さんなども拾いに来られる。


10月4日(月)

【思ったこと】
991004(月)[一般]「行動を怠る」とはどういうことか(その2)

 昨日の日記の続き。10/4付の日記で野生の雄叫び・吠えろゴリさん!が東海村臨界事故についてこんなことを書いておられた。
近隣住民も自分の手で納得行くように処理した方が、ワケの分からん作業員にやらせるよりも安心ではないだろうか?もちろん素人だから、現場監督を動燃などから派遣する。住民は被ばくしたくないから真剣にマニュアル読んで予習してくるだろうし、監督役も素人が危なっかしい手付きで作業してると恐くて目を離せないだろう。きちんと扱えば意外なほど安全なんだろうな、ウランって。だからこそバケツで混ぜようなんて発想が出てきた気がする。ちょっと火傷するくらいの危険性が有った方が大きな事故は防げるかもしれない。
 ゴリさんの本意は別の所にあると思われるが、この文章にある
  • 近隣住民が自分の手で処理した方が安心
  • ちょっと火傷するくらいの危険性が有った方が大きな事故は防げるかもしれない。
というのはなかなか的を射たアイデアであると思った。

 昨日も述べたとおり、個々の行動に適切な大きさの結果が確実に伴う限りは安全管理行動を怠ることは無い。例えば動物園の飼育係が猛獣を別のケージに移動させる場合は、檻をちゃんと締めることの確認とか、万が一逃げ出しても園の外までは出ないような配慮とかを怠ることはまずあり得ない。それは行動を怠ったらどういう結果が生じるかが一目瞭然になっているからである。ところがウラン処理の場合、ちょっとぐらい手抜きをしても直後に甚大な被害が発生するわけではない。こういう状況ではいくら職業倫理の徹底とか言っても、上滑りして形骸化してしまう恐れが大きい。安全管理をきっちりした場合としなかった場合の結果におもだった差が生じないため手抜きが横行しそれが習慣化してしまうためである。

 結果が確実に伴う場合でもその大きさがあまりにも小さいと同じような問題が起こる。例えば「倫理」とか「モラル」をしょっちゅう口にする人がタバコの吸い殻を道路にポイ捨てすることがある。これはその人がタバコを吸い終わった瞬間に突然倫理を喪失するために起こるわけではない。捨てられたタバコが道路を汚す度合いがあまりにも小さいため嫌悪的結果として働かないことが本当の原因になっているのである。

 同じことは駅前の放置自転車についても言える。そういうや少し前に、東京世田谷の三軒茶屋の歩道で放置自転車はモラルの問題だというような幟が立てられていたのを目撃したことがあった。しかし、日頃まっとうな生活をしている人が、駅前に来たとたんに突然モラルを喪失して自転車を放置(実際は駐輪)してしまうというのも考えにくいことだ。すでに何台も自転車が駐輪されている場所では、そこに自分の自転車一台を付け加えても環境は殆ど変わらない、つまり駐輪に伴う結果があまりにも小さいことが、駅近くに駐輪することの利便性とあいまってそういう行動を維持しているのである。

 さて、それでは個々の安全管理行動を適切に維持するためににはどういう結果を与えることができるだろうか。これは自律的な場合(自分で自分に結果を与える、もしくは行動内在的な結果が伴う)と他律的な場合(監督、監査、外部評価等に委ねる)の2つが考えられる。次回はどういう場合に他律的な制御が必要になってくるのかを考えてみることにしたい。
【ちょっと思ったこと】
  • 10/5朝のNHKニュースで、少し前に北海道・羊蹄山で高齢登山者が遭難した事故のことをとりあげていた。関西の旅行会社主催。コスト削減のため、登山専門のガイドを雇わず。代わりに登山経験のある社員をあてたことも一因になっているようだ。

    私個人はこれまでに2回、羊蹄山に登ったことがあった。1回目は霧で何も見えず、登頂後そそくさと下山。その後もニセコ・ユースホステルに泊まって何度かチャレンジを試みたが、6〜7月は山頂付近にいつも霧がかかっていて断念すること数回。その後9月に旅行した時にやっと晴れる。山頂近くの山小屋に一泊したところ翌朝は快晴。洞爺湖方面がよく見渡せた。日程の変更のきかない団体登山で天候に恵まれることはなかなか難しいのではないかと思った。
【本日の畑仕事】
日曜日に買ったイチゴの苗3株を植える。ミニトマト、ピーマン、人参を収穫。
【スクラップブック】
  • 9月は全国的に気温が高く、全国の2/3の地点で観測史上最高となる。東京は真夏日15日、熱帯夜11日、平均気温26.2度。