じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa

9月のインデックスへ戻る
最新版へ戻る
[今日の写真] このところ講義棟南側の空き地では、夜21時過ぎからは4〜5輪の夕顔、早朝にはたくさんの朝顔が咲いている。写真は9/17朝に撮影したもの。一晩咲き続けた夕顔に代わって朝顔が一斉に花を咲かせたところ。

9月17日(金)

【思ったこと】
990917(金)[生活]ディスカウントに拘束されない消費生活をめざす

 夕食後の夫婦の散歩を始めて通算100000000日(但し2進法)となった。夫婦の散歩はダイエットに効果があるばかりでなく、家庭内のいろんな問題について話し合う機会をもつという点でもたいへん意義のあることだと思う。そんななか、最近、我が家の消費スタイルを改めようという話題がよく出る。ディスカウントに拘束されないような消費スタイルをめざそうということだ。

 このように決めた理由は、少なくとも食料品とか数千円程度の日用品の場合、ディスカウントにこだわってもそれほどの節約にならないこと。それにこだわると逆に買いだめなどして無駄遣いのもとになるし、結局、安物であるために不便な思いをすることが多いという点に気づいたためである。

 例えば1リットルの牛乳。100円均一ショップで売られているものから300円以上のものまで様々ある。これまでは248円の通常価格と198円の割引品が両方売られていると躊躇せずに198円のほうを買っていたけれど、これによって節約できる額は50円。毎日1本ずつ買ったとして、ディスカウントに囚われることによる節約は1カ月で1500円分にすぎない。1500円の節約を喜ぶよりは、美味しい牛乳を買ったほうが充実した人生になるだろうという発想だ。

 日用品とか電化製品の場合、お店で選んだほうがお得ということもある。例えば自転車の場合。ホームセンターなどでは1万円以下でも売られているが、妻と娘が使うものは、いずれも近くの自転車屋さんで3万円前後のものを買った。割高ではあったけれどちょっとした故障は親切に直してくれる。エアコン、皿洗い機なども近くの電器屋さんで買ったために多少割高ではあったけれど、これも何かあった時にはすぐに直しにきてくれる。いずれも目先の価格に振り回されるよりは、どこかのお得意さんになっておいたほうが結果的にメリットが多いということだ。

 こんなところから、次のような家訓?を作り上げつつある。
  1. 食料品を買うときは値段や値引きの有無に囚われず、その日に本当に食べたいものを買う。値段が高いからという理由で我慢はしない。
  2. 日用品は必要になった時に必要な分だけ買う。値引きがあるからといって買いだめはしない。チラシ広告の日替わり品とか「お一人様一点限り」には振り回されない。
  3. 電化製品は必要になった時、まずどういう機能が必要かをよく話し合いそれを満たす候補を探す。ディスカウント品には振り回されない。
  4. 長期間使う物はサービスの行き届いた近くのお店から買う。


 これが徹底すればやっと「中流の上」の生活の仲間入りができるはずだ。とはいえ我が家もそれほど裕福というわけではない。先日スーパーに行った時、家訓第一条は次のように改正せざるを得ないことが判明した。改正内容を知りたい方はこちらをご覧ください。
【ちょっと思ったこと】
  • 9/18の朝日新聞によれば、大阪市大とサントリー基礎研究所のグループが、赤ワインの心筋梗塞予防効果を肯定する実験結果を18日発行の英医学誌に発表するという。赤ワインについてはかねてより動脈硬化の予防になるとか痴呆の防止になるなどの情報が伝えられてきたが、単なるブドウジュースではダメなのか、ワインのどういう成分が有効であるのか、記事を読んだだけでは今ひとつはっきりしないところがある。ワインを飲むときどうしても気になるのが酸化防止剤などの添加物だ。いくら安全基準以下だと言っても、酸化防止剤が健康にプラスになるとは言えまい。このあたりも納得のいくような結果が出ないと、私としては安心して飲むわけにはいかない。

  • 9/18の朝日新聞によれば、石原東京都知事が17日の記者会見で、心身に重度の障害のある人達の治療にあたる病院を視察した感想を述べるなかで「ああいう人って人格あるのかね」とか「ああいう問題って安楽死なんかにつながるんじゃないかという気がする」と発言したという。前者は「みなさんんはどう思うか」という問いかけ、後者は「そういうことにつなげて考える人もいるだろう」という可能性の指摘だというが、会見というのは基本的に知事自身の見解を表明する場であって、問いかけとか別の人の意見の推測のようなものを指摘する場ではない。もし本音として「重度の心身障害者に人格があるかどうか疑問。安楽死も検討したほうがよい」と考えているなら堂々と主張したほうがよい。反論する側も教条的に不穏当発言だと言って取り消しを求めるのではなく、障害者が生きることの意義を本質に立ち返ってアピールしていく必要があるだろう。単なる取り消しや形式的な謝罪で妥協している限り議論は進まない。腫れ物に触らないようにしておこうという形で本音を表に出さない風潮を生み出すだけだ。
【今日の畑仕事】
ナス、オクラ、ミニトマトを収穫。蔓が枯れてきたサツマイモ堀り上げ(芋から新芽が出ていた)。トマトの枝を切る。
【スクラップブック】