じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa

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[今日の写真] 昨日に引き続き、イラン・シーラーズ近郊パサルガダエにあるキュロス2世の墓と砂漠の植物。砂漠に高さ1.5mほどの木が生えていた。

9月8日(水)

【思ったこと】
990908(水)[一般]ハイジャック事件と通り魔事件における実名報道の違い

 東京・池袋の繁華街で8日、通行人が通り魔に襲われ2人が死亡したという。この事件で意外に思ったのは、新聞[9/9朝日朝刊]もTVニュース[NHK朝6時台]も逮捕された容疑者を実名で報道していたことである。7/23に発生した全日空ハイジャック・機長刺殺事件の容疑者の実名は8/13の起訴に至るまでの間は公表されなかった。この違いはどこからくるのだろうか。

 ハイジャック事件の容疑者はきわめて周到に犯行を計画。機長を刺殺したのも「自分で操縦する」という当初の目的を達成するためと伝えられており、必ずしも錯乱状態の中での行為とは言い難い。いっぽう、今回の通り魔事件の場合には、伝えられる限りではこれといった目的や計画が見あたらない。ハイジャック事件で実名報道が控えられ、通り魔事件で直ちに実名が報道されたという根拠が今ひとつ理解できない。

 容疑者に入院・通院歴があるかどうかということが実名報道の基準になっているようにも思われる。しかしこれを機械的に適用すると「過去に精神科に入院・通院していた人は刑事責任を問えない行動を起こす可能性がある」という精神障害者差別につながる固定観念を助長しかねない恐れもある。他に何か明確な基準があるのだろうか。

 刑事事件の実名報道問題については7月25日の日記に記したように、「一般論として、刑事事件で容疑者の名前を報道すること自体にどれだけの情報的価値があるかは分からない。」が、「少なくとも殺人に至るような犯罪では実名報道をすることが原則になっている以上、報道しない場合には、それなりの合理的理由を付すこと が必要」というのが私の考えだ。ハイジャック事件の容疑者が起訴され初めて実名が公表された時の朝日新聞の「おことわり」文には
...刑事責任能力の有無が判断できない状況にあったため匿名にしてきましたが..
と記されているが、では今回の事件ではどうして刑事責任能力ありと直ちに判断できるのか、このあたりがどうもよく分からない。
【思ったこと(2)】
990908(水)[一般]家庭用電源についての疑問(5)50Hzと60Hzどっちがお得?

 6日の日記に関連して、kazubouさん(HPはこちら)から貴重な情報をいただいたので御紹介させていただく。改行部分、リンク部分など一部は長谷川のほうで改変させていただいてある。ご容赦ください。

 .....アースは感電防止ようのアース(洗濯機など)とノイズ防止用、被爆防止ようのアース(シールド)があるようですね。 両方とも接地抵抗値が低いにこしたことありませんが、感電防止に比べて高周波系の接地は短距離が要求されるようです。

 60hz 50hz に影響される機器は特にモーターを使用したものでしょうけど(回転数が変化しますのでプーリーとかコンデンサを変えたりします。 洗濯機、冷蔵庫など)最近の製品は効率をあげるため、交流の商業電力を、一度直流にしてから再び交流に転換するインバーターを用いたものが増えているようです。エアコンの例で冷房運転の場合、まずハイパワーで冷やし、設定温度になると、高回転のモーターが自動的にゆるやかになり、必要以上にモーターが回らなくなる分、余分な電 気代がかからなくなる仕組みのようです。 

 50hzの製品を60hzで使いますと、回転数が増加、効率は機器により上がりますが 消費電力は20%ほど増加するようです。

http://www.tepco.co.jp/custom/denkiGuide/2_3-j.html
 どうもありがとうございました。御紹介いただいた東京電力のページに異なる周波数地域に引っ越した場合に使える/使えない電気製品のリストがあがっていた。境界線付近に住んで居られる方、不便は無いのだろうか。
【日本心理学会年次大会で思ったこと(3)】


 一昨日の日記の続き。名古屋市の中京大学で開催された日本心理学会第63回大会ワークショップ7「成功する心理学者」で思ったことを述べたい。フロアからの「若手研究者や学生にもっと夢を与えて欲しい」というような質問に対して各話題提供者は「この企画は否定的なものではない」としたうえで、それぞれポジティブな側面を強調された。

 そんななか「心理学の教官はいずれも学内で要職につき活躍している」とか「心理学の卒業者は一般社会でも大いに活躍している」という発言でなるほどそうかと思うことがあった。これらは、多少ひねくれた見方をするならば、
万が一、心理学の研究自体が閉じた世界の中で「論文を増やすための論文」、「実験のための実験」になっていたとしても(←あくまで、「万が一」の話だ!)、それを達成するための諸技法を身につけることは社会に出てから大いに役立つ可能性がある
ということだ。これは数学教育と似たところがある。数学の研究が何をめざすものであるかは別として、数学教育は論理的・抽象的な問題解決能力を養う効果があると期待されている。同じように、心理学の卒論研究や修論研究のテーマ自体が全く面白味のない追試のようなものであっても、それを完成させるために学んだ実験法、調査法、統計解析法などは、卒業後社会に出てから必ず役に立つ可能性がある。実際、学生を採用する企業側としても、卒論のテーマが如何に意義深いものであったかということより、卒論研究を通じてどういう技法を身につけたかを評価したいという気持ちがあるだろう。そういう意味では、卒論や修論のテーマがどのようなものであるにせよ、これまでの心理学の研究の中で積み重ねられてきた種々の技法の最低限のレベルはきっちり身につけてから社会に出てもらいたいものだと思う。私のゼミでも、卒業するまでにこれだけは身につけてもらいたいと思う諸技法を整理し、自動車学校方式で段階的に獲得した成果が明示できるような教育システムを確立していきたいと思っている。明日以降に続く。

 
【今日の畑仕事】
ミニトマトとメロン収穫。
【スクラップブック】