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昨日の日記

3月8日(日)

【思ったこと】

980308(日)
[一般] 言葉と文化、どっちが先か(その6)所有の表現(2)
 3/3の日記の続き。きょうは「あるものを所有していることを示す動詞的表現」として「持つ」、英語の「have」などについて考えてみたいと思う。なお、毎回おことわりしているように、このシリーズは私の専門とは何の関係もない知的遊戯であり、大した根拠もなしに思いつきを述べているにすぎない点にご理解をいただきたい。

 「所有」が、農業、工業、商業の発達の過程でかなり後になってから生まれた概念であるとすると、それを表す動詞的な表現も、とうぜん別の言葉から転用されたものと考えられる。

 日本語の「もつ」は、もともと手で持つことかと思ったが、「新明解」では、まず自動詞の意味として「存在が保たれる」、「...何とか事態を乗り切る」という説明から始まっている。他動詞の意味は「自分の手でつかみ、離さないようにする」から始まり、第二に所有、続いて「ある属性や心的態度を備えている」など7つの意味が挙げられている。おそらく所有の意味は、手で持つことから転じたものと思われるが、自動詞的な意味と他動詞的な意味を統合するためには、古典にさかのぼるしかあるまい。

 英語の「have」は、さらに複雑怪奇であるように見える。こういう問題を考えるにはOgdenの「Basic English」の関連書が役立つかと思ったが、手元にある本で調べた範囲では、「HAVE the hat」が絵に乗っている程度で、本質的な意味を理解するまでには至らなかった。一般的な意味としては
(a)「・・・を持っている」「・・・を備えている」「・・・がある」と持続性のある状態を意味する場合と、(b)「・・・を持つ」「・・・を受ける」「・・・を得る」と行為・動作を意味する場合とがある。(牧雅夫『自信をもって英作文を教える』北星堂書店, 1980年)。
となっているが、使役(〜させる)や義務(have to)、さらには過去分詞と結合して完了形を作る用法がどうして「have」の用法に含まれていったのか、このあたりも専門書にあたらないと謎が解けそうにもない。
 なお、「Basic English」には、ダイレクトに「所有する」を表す「own」は含まれていないが、「持ち主」を表す「owner」が含まれている。そこで、厳格に「Basic English」のルールを適用すると、「He owns two cars.」は「He is the owner of two cars.」と表されることになる(前掲書,p.46)。
私が持っている本のなかに、『英語文法批判』(宮下眞二, 1982, 日本翻訳家養成センター)という一風変わった本がある。thatやwhatなどについて中学や高校では決して習わないユニークな新解釈を提示しているのだが、残念ながらhaveについての記載は見あたらなかった。この著者は1947年生まれなのに、この本を著した1982年に亡くなっている。事情はよく分からないけれど、一読に値する書物である。

 「have」の話が出たついでに、ロシア語の話題を1つ。私は大学時代にこれを第二外国語として習った。このロシア語で面白いのが、「○○を所有している」という日常表現がないということだ。例えば、
「I have many books.」は、У меня много книг.
となる。ここで、「У меня(ウ ミニャ)」は、「私のもとに」という意味。「много(ムノーガ)」は「たくさん」 「книг(クニッグ)」は「本」の複数生格である。つまり直訳すれば「私のもとに、本のたくさん」となる。これに限らず、「私は〜を持っている」はロシア語では通常「私のもとには〜がある」に置き換わるのであった。私がロシア語を習った当時は、社会主義ソ連の時代であったから、ひょっとしてロシア語の特性が私有財産否定の思想に結びついたのかと思ったほどであるが、資本主義ロシアになっても特別に「have」に相当する語が発明されたとも聞いていない。言葉が思想を生んだとは言えないようである。
 もっとも、考えてみれば、日本語でも「have」を訳すときに「〜を持っている」と訳すより「〜がある」と訳したほうがピッタリする場合が多いかもしれない。上記の例でも「私はたくさん本を持っているよ」などと言うと、いかにも自慢しているような印象を与えるが、「私のところには本がたくさんあるよ」というと、いくらか謙虚であるような感じがする。また「I have two children.」は、「私は子供を2人持っている」ではなく「私には子供が2人いる」と訳すべきであろう。
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