じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



10月のインデックスへ戻る
最新版へ戻る
クリックで全体表示。



 結び目理論の基本法則を確かめようと思って、引き出しから古いヒモを取り出した。よく見ると、ヒモには「世田谷区若林町」という文字があり、おそらく私が子どもの頃に、植物採集の時に使った『やさつ』につけられていたヒモではないかと推測された。
 子どもの頃に使われていたヒモが60年の時を経て、こんなところで役に立つとは思いもよらなかった。



2023年10月31日(火)




【連載】笑わない数学(4)結び目理論(2)アレクサンダー多項式、ジョーンズ多項式、数学は発明か発見か?

 昨日に続いて、10月25日にNHK総合で初回放送された、『笑わない数学 シーズン2』:

結び目理論

についてのメモと感想。

 その前に、昨日の日記で、「交点0個から2個の結び目は存在しない」と記したことについて、実際にヒモを使って確かめてみた【↑の写真参照】。1本のロープで輪を作り、その輪の中にロープの端をくぐらせた結び目は交点1個の結び目になるのではないかという素朴な疑問があったためであった。しかし、実際にそのような結び目を作ったあとでロープの端と端を繋ぐと、全体として三葉結び目になっていて交点が3個できていることが確認できた。

 あと、YouTubeで解説動画を検索したところ、 などがあった。ざっと視聴したが、やはり『笑わない数学』よりは格段にレベルが高く、奥深いことが分かった。

 さて元の放送内容に戻るが、放送ではピーター・テイトの莫大な時間を費やした研究に続いて、その後の研究の発展が紹介された。
 イギリスのトーマス・カークマン(1806-1895)は、交点10コマでの結び目のリストを作った【カークマンは『交代結び目』のみを調べ上げた】。それによると、交点8個の結び目は18種類、交点9個の結び目は41種類、交点10個の結び目は鏡像を除き123種類であった。
 しかしこうしたシラミつぶしの方法は別の問題に直面した。それは、分類した結び目が本当に別のものなのかを断言できないことであった。結び目はいくらでも複雑な形に変形してしまうため、見た目だけでは同じものかどうかを判別するのは非常に難しい。
 この問題を解決したのがアメリカの数学者、ジェームズ・アレクサンダー(1888-1971)である。1928年、アレクサンダーは結び目の交点や結び目に囲まれた領域を数式に置き換えた「アレクサンダー多項式」を提唱し、この数式が同じであれば見た目がどれだけ異なっていても同じものであることを発見した。例えば、結び目が3つあるものは、
  1. まず交点に番号をつける。
  2. ヒモで隔てられた領域にも番号をつける。但し、交点につけられた番号と同じところまでつければ十分。
  3. ヒモに向きをつけ、領域χは交点yを
    • くぐる前の左であれば、マイナスt
    • くぐる前の右であれば、1
    • くぐった後の飛来であれば、t
    • くぐった後の右であれば、−1
    • その他であれば、0
    というように領域と交点の対応表に値を割り当てた行列をつくる。
  4. その行列から行列式を計算すると、「t2-t+1」に着地する。

 こうして、どれだけ交点が増えてもアレクサンダー多項式を用いて計算することで、結び目の「変装」を見破り、どんなに変形しても変わらない固有の「指紋」(数学では『不変量』)に基づいて結び目を分類することが可能になった。
 しかし、アレクサンダーの大発見にも「鏡で映した関係の結び目を区別できない」という弱点があった。例えば三つ葉結び目の左手型と右手型はどのように変形しても同じにはならないが、アレキサンダー多項式では同じになってしまう。数学者たちはより正確に結び目を見分けられる数式を求めて研究を続けたが、その発見には半世紀以上の月日が過ぎていった。
 1984年、ニュージーランド出身の数学者ヴォーン・ジョーンズ(1952-2020)は、ちょっとだけ聞きかじった結び目理論の多項式が自分の専門分野に登場することに気づき、「ジョーンズ多項式」を生み出した【これはかなり難解なのでここでは記せない】。この式は鏡に映した結び目を見分けることに成功、ジョーンズは1990年にフィールズ賞を受賞した。しかし、このジョーンズ多項式も交点が10を超えてしまうと上手く適用できないことが明らかになってしまった。例えばコンピュータの解析で別の結び目だと分かっているある種の「交点5個の結び目」とある種の「交点10個の結び目」はジョーンズ多項式では全く同じ式で表現されてしまう。
 しかし、ジョーンズ多項式の発見は多くの数学者たちを刺激した。この数式の発表からわずか数ヶ月後には8人の数学者(6人、2人のグループ)が新たな数式「HOMFLYPT多項式」を発見。1993年にはマキシム・コンツェビッチが「コンツェビッチ不変量」を発見し、結び目の探求は一気に加速した。しかし、数学者たちはさらに強力な数式を求めて研究を重ねている。
 こうした結び目理論の研究は一見すると無意味なもののようにも思えるが、20世紀末には自然法則として宇宙物理学の中に結び目理論が組み込まれているという考え方も浮上している。フィールズ賞受賞者でもある理論物理学者エドワード・ウィッテン博士は、1989年に『量子場の理論とジョーンズ多項式』という論文を発表。数学者たちが勝手に作り出したはずの結び目理論が、人間とは関係なく存在するはずの自然法則の中に宇宙誕生当初から組み込まれていた可能性を示している。数学史に詳しいマリオ・リヴィオ博士(宇宙物理学者)は、人間が作り出した数学がなぜか宇宙とつながっているという事実は、根源的な謎を私たち問いかけているとして、

これはとても驚くべきことです。数学が持つ信じられないほどの力を示しているのです。数学者はもともと何かに役立つことを目指して数学を研究しているわけではないのに、実際には物理現象の解明に数学が大いに役立つのですから。結び目理論と宇宙法則との驚くべきつながりは、数学は人間が自ら頭の中で作り出した発明なのか?それとも人間とは関係なく大昔から存在していたものを人間がたまたま発見したものなのか?という深遠なる問いを投げかけているのです。

と語った。放送の最後のところでは、上掲の言葉を受けて尾形さんからも「数学は数学者が頭の中で勝手に作り出した発明なのか、それともこの宇宙に人類が存在する前からあって、それを人類が後から発見しただけなのか、というこの哲学的な疑問、結び目理論を追ってきて思いも寄らぬところに辿り着いてしまいました。非ユークリッド幾何学も同様。人類による発明だと思っていた数学が実は、いわば神様が大昔から使っていて、人間はそれにようやく気づいただけなのかもしれない。それを考えると皆様にもゾクゾクするような好奇心が沸いてくる。数学っていったい何なんでしょうねえ。」という結びの言葉があった。



 ここからは私の感想・考察になるが、数学が発明か?発見か?については私はあくまで発明であると考えている。これは自然科学全般についても言えることであり、種々の物理現象の変化をうまく記述し、予測や創造をもたらすようなツールを体系化したものが自然科学である。もちろん、物理現象には種々の法則性があるがそれを言語化して記述する行為は人間の発明である。もし物理現象に何の法則性もなく渾沌とした世界が広がっているだけであったとしたら、それを言語化することは不可能であり、何も発見できない(発見したとしても、それを記述する言葉を作れない。なぜなら、言葉は、対象がある程度安定し、同じような変化を体験する中でしか作られないからである)。
 カルト宗教の布教者の中には、神が法則を作り人間がそれを発見していると思い込んでいる人もいるが、もしそうであるなら、教祖や聖職者のほうが無宗教の科学者たちより先に法則を発見できるはずだ。
 ある種の数学が自然法則をうまく記述し予測に有用であるのは、前提とする公理が、素粒子レベルの物質の性質にうまく対応しているためであると思われる。前提が似ていれば、関係性を拡張していく数学の理論は、物理現象の予測にも適用できるはず。

 話が大きくなってしまったが、今回取り上げられた『結び目理論』(の入門)は、3次元空間の範囲での話であったようだ。となると、より高次元ではどうなるのかということに興味が持たれるが、残念ながら私には到底理解できる力がない。