じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 ツイッター上で見かけた「意識の高さ診断」を遊び半分でやってみた。ここでいう「意識の高さ」というのは、日常生活における積極性(前向き、発展志向)の度合いを「判定」しようというものだが、心理尺度のような厳密な手続を経たものではない。
 結果は、「超絶意識低い系」と判定された。隠居人ながら「日々じぶん更新」を掲げている私としては多少不本意な気もするが、そもそも「じぶん更新」というのは右肩上がりの成長・発展をめざすものではなく、
  • 新しい体験や知識の獲得を通じて、更新された「差分」の喜びを味わう。
  • 「免許更新」や「契約更新」と同じような意味で、きょうもまた「じぶん」が継続されていることを喜ぶ。
という意味であり、右肩上がりの「自己成長」とか「目標達成」などはこれっぽっちも想定していない。
 但し「ずっと寝ていたい」とは思っていない。寝たきり生活になればまた別だが、いまの健康状態のもとで適度な睡眠時間以外に寝ることは、時間のムダだと思っている。


2023年6月23日(金)


【連載】サイエンスZERO「認知症の転換点」(1)新薬登場/『治験』の残酷さ

 5月28日と6月4日に放送された、NHK「サイエンスZERO」、 についての感想と考察。

 加齢が進む私にとって、認知症はますます身近で深刻な問題になってきた。もっとも今回の2つの話題はあくまで医療的な対応であり、認知症予防、早期発見、症状の固定には有用であったが、じっさいに認知症になってしまった人の最善のライフスタイルや家族のケアといった現実的な諸問題については殆ど言及されることが無かった。

 5月28日放送の#1ではまず、認知症の患者が600万人、2025年には65歳以上の高齢者の5人に1人が認知症になると予想されていること、また認知症の約7割がアルツハイマー病によて発症することなどが紹介された。
 これまでアルツハイマー病の薬は症状を遅らせる効果しかもたらさなかったが、最近、病気の原因物質にアプローチして症状の進行を遅らせる新薬『レカネマブ』が登場し、今年1月にはアメリカで迅速承認、日本でも国の審査が行われているという。

 放送によればアルツハイマー病患者の脳の顕微鏡画像には、『アミロイドβ』と呼ばれるブツブツのシミのようなものが見えている。『アミロイドβ』が原因物質らしいということは以前から分かっていたが、これまでは有効な治療薬に結びつけることができなかった。
 放送では続いて、『レカネマブ』の治験に参加した一人が紹介された。この人は『軽度認知障害』(『早期アルツハイマー病』の段階)と診断されており、治験への参加を決めた。この治験は、臨床第V相試験であり、参加者1795人を2つのグループに分け、898人にはレカネマブを投与、残りの897人には有効成分のないプラセボが投与された。その結果、1年半後において、症状を表す数値(どのような指標なのかは未確認)は、プラセボ投与群では1.6強、レカネマブ投与群では約1.2となり、平均して27%の抑制効果が認められたという。図を見ると、プラセボ群の9カ月後と12カ月後のそれぞれの状態がレカネマブ投与群ではそれぞれ12カ月後と18カ月後に等しいレベルとなっており、症状の悪化を3カ月から6カ月ほど延ばせることがみてとれた。より思い認知症への進行は2〜3年遅らせることができると推定されているという。

 放送によれば、アミロイドβは健康な人の脳でも発生するが通常は短期間で分解・排出される。いっぽうアルツハイマー病では、アミロイドβが分解されず脳内に蓄積されてしまう。アミロイドβはくっついて繊維状に集まり、脳の神経細胞を死滅させる。投与されたレカネマブは免疫細胞がアミロイドβを除去する目印となったり、アミロイドβがそれ以上集まるのを防ぐ。現在治験はすでに終了しているが、希望する参加者にはホンモノのレカネマブの投与が継続されているという。紹介された方は治験を継続することで認知機能がかなり維持されており、生活の質の向上につながっていると説明された。【こちらに関連記事あり】

 ここまでのところでいったん感想を述べさせていただくが、『治験』の話題でいつも思うのは、「時代遅れで非人道的なプラセボ対照治験」ということだ【2021年7月23日の日記参照】。上掲の治験でも、参加者1795人のうちプラセボ群に割り当てられた897人はいわばほったらかしの状態にされてしまう。プラセボ群の症状が速く悪化すればするほど新薬の有効性が確認される。放送で紹介された方のようにたまたま『レカネマブ投与群』に割り当てられた人はめでたしめでたしだが、プラセボ群だった人やその家族はどういう思いをするのだろうか【←治験終了後にはレカネマブ投与の機会が与えられるのだろうか。もっともその時期にはかなり症状が悪化しているだろう】。
 もちろん治験というのは常に「新薬は有効」という結果になるとは限らない。場合によってはプラセボ群よりも症状が悪化したり、重篤な副反応が出る場合もある。とはいえ、わらにもすがる思いの患者やその家族はきわめて弱い立場に立たされている。治験は、形式上は自発的な参加かもしれないが、その場に置かれた時にはもはや他に選択の余地は無いのではないだろうか。
 心理学の実験でもそうだが、確かに、参加者を実験群と対照群(統制群)に分けて有意差を確認するという実験的検証は素人にも分かりやすい。新薬の承認や保険適用にあたっては、無駄な薬や顕著な副作用の危険のある薬は排除すべきであるから、何らかの検討手段は必要であるとは思うが、もう少し人道的な検証方法は無いものだろうか。隠居人の私には最近の統計学の発展の現状はよく分からないが、例えばベイズ統計学を使った臨床試験を行えば、「半数はプラセボ群としてほったらかしにする」というような非人道的な方法は避けられるのではないかと思われる。

 次回に続く。