じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
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 近隣のホームセンターに買い物に行く途中、高齢者施設のベランダをよじ登っているサンタの人形を見かけた。本格的な登攀体勢となっていたが、建物にプレゼントを届けるための煙突がつけられていないのが気になる。

2022年12月22日(木)



【連載】ヒューマニエンス「“胃” 生きる喜びを創る臓器」(1)グレリン/摂食と食欲の分離

 9月13日に初回放送されたNHKヒューマニエンス

“胃” 生きる喜びを創る臓器

についての備忘録と感想。年末年始には不摂生になりがちなので、放送内容を復習して胃腸を整え、健康な新年を迎えたいと思う。

 ところで「胃」と言えば動物が生きていくための最も基本的な臓器の1つであるが、これまでヒューマニエンスでは取り上げられて来なかった。こちらの放送リストにあるように、これまでヒューマニエンスでは、私が把握している限りでは66の話題が取り上げられているが、「腸」が3番目、「心臓」が10番目、「肝臓」が26番目というようにそれぞれ早い段階で放送されたのに対して、「胃」は59番目というように、主要な臓器の中では一番遅い登場となった。放送の冒頭でも藤井彩子アナから「この番組ではこれまで、腸、肝臓、心臓、肺、血管などいろいろな臓器を通じて人とは何なんだろうということを考えてきましたが、今回は最後に残されたメジャーな臓器と言ってもいい“胃”を取り上げます」というように、メジャーな臓器の中では「胃」が最後になったことを認めておられた。「胃」がなかなか取り上げられなかったことに何か隠された理由があったのか、それとも早い回でメジャーな臓器をすべて取り上げてしまうと、だんだん尻切れとんぼでネタギレになってしまうことを恐れていたのかは分からないが、いずれにせよ、「なぜ“胃”の話題はなかなか取り上げられなかったのか?」は大きな謎である。

 放送では、まず、三輪洋人先生(川西市立総合医療センター)から、胃の概要が説明された。胃は肝臓の裏側にあり、太っていると押し上がったり、痩せていると垂れ下がったり(胃下垂)する。胃の内側には2層構造の粘膜があり、胃酸やホルモンが出される。また胃には神経が張り詰めており、胃の中で起こっていることは脳に伝わる仕組みになっている。
 他の臓器と大きく異なる点の1つは「胃は歳を取らない」ことにある。胃だけを取り出してもその人の年齢は分からない。胃の粘膜は常に更新されており、健康体であれば常に新しさを保っているという。

 続いて、食べ物の美味しさと胃の関係について興味深い話題が取り上げられた。
 まず、紹介されたのは世界のホームラン王として知られる王貞治さんであった。王さんは2006年に胃がんであることがわかり、胃を全摘出した。食道と胃を直接繋いだことで胃酸は出なくなるが、小腸の一部が胃の代役となって食物をとどめておくようになる。王さんは翌年には監督として復帰された。このことから、人間は胃を取り除いても生きていかれるし、現役に復帰できることが分かる。
 しかし胃を摘出してしまうと体に大きな変化が起こる。中川さん(60歳)は、胃を摘出したあとは、摘出前に楽しみにしていたビールの味が美味しくなくなり、体重も増えないし食事も進まなくなったという。担当医によれば、胃を全摘出した患者さんは、時間が来たから食べる、つまり「食べなきゃいけないから食べるという形になる」と説明しておられた。
 このような変化をもたらしたのは、胃の摘出によって、胃の粘膜から放出されていたグレリンの働きが失われたためであると考えられる。リンク先にも記されているように、このホルモンは、1999年、国立循環器病センターの児島将康・寒川賢治らにより発見された。中里雅光先生(宮崎大学)によれば、グレリンは9割以上が胃で作られているので、胃を全摘出するとグレリン欠乏状態になる。グレリンはただ単に摂食を促すだけではなく、食事に伴う幸福感のシグナルも脳の報酬系に伝える、とのことであった。
 グレリンの分泌量は1日の中でも変化し、3度の食事前の空腹時にグレリンが作られ、その間の10時頃、16時頃、深夜から早朝にかけては低い値をとる。グレリンは胃が空腹になると食欲を促し、同時に脳の報酬系にも働きかける。食事を取ると報酬系はピークに達する。しかし胃を摘出すると、食欲と幸福感のサイクルが失われてしまう。

 三輪先生はこれらをふまえて、味覚レベルでの美味しさの感覚とグレリンが関与する食欲は、「似てますけれどちょっと違うものである」、「食べるということと、食べたいということは別」と述べておられた。
 なおグレリンはもともとは成長ホルモンを分泌させるホルモンとして注目されていたという。筋力をつける、成長、胃を動かすといった様々な作用をする。胃の粘膜の細胞の多くは粘液や胃酸を出すが一部はグレリンを産出する。ホルモンなので血流によって全身にまわる。

 大食いの人の胃はとてつもなく大きくなるが、そうしたメカニズムはグレリンだけでは説明できないという。胃の大きさは、胃を痛いと感じる力や筋肉のテンションの関係で2リットルぐらいが限度であると考えられており、フードファイターのようには大きくならないらしい。いっぽう「甘いものは別腹」とされるメカニズムについては、医学的にある程度分かっており、「おいしい」という記憶が脳からオレキシンとかグレリンなどのホルモンを出すと、摂食中枢が刺激され、食欲が沸くと同時に胃も少し膨らむとのことであった。

 もしグレリンをコントロールできる薬があれば食欲もコントロールされて、肥満は無くなるはずだが、これは世界中の研究者の夢であるという。但しグレリンを用いて、癌で体が弱っている人の筋肉を増やしたり食欲を増進させたりすることはできるという。

 ここからは私の感想・考察になるが、私自身はかつて、 などのように、食物の好みの変化について学習心理学的観点から知見を述べたことがあった。しかしこれらは1991年以前であり、今回紹介されているようなグレリンの役割についてはまだ分かっていなかった。いずれにせよ、好みの変化に関するさまざまな実験研究は、条件づけ理論の体系化を図る上では意義深いものであると思うが、臨床場面での食欲亢進への応用ということになれば、やはりホルモンの働きは無視できないところがあるように思われた。

 次回に続く。