じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
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 登別温泉の絶景。
  • 【写真上】日和山・大湯沼・奥の湯。
  • 【写真下】湯気が沸き立つ大湯沼川。



2022年11月10日(木)



【小さな話題】ブラタモリ「登別温泉」

 10月29日に放送された、

#220 ブラタモリ「登別温泉 〜なぜ登別温泉は“いい湯だな”?〜」

についての備忘録と感想。

 この回で取り上げられた登別温泉は私にとっても馴染みの観光地であり、少なくとも3回訪れた記憶がある。
  • 1回目は、倶多楽湖でボートを漕いだ。宿泊せず別のユースホステルに移動?
  • 2回目は、旅行中に北海道内で大規模な水害があり、深夜にやっとのことでユースホステルに到着。大雨で温泉がぬるくなっていた。
  • 3回目は、宿泊料金の割安な滝本インに宿泊し、早朝に日和山・大湯沼・奥の湯・大湯沼川を探索。↑の写真参照。


 放送ではまず、『いい湯だな(ビバノン・ロック)』の歌われている4つの温泉「登別、草津、白浜、別府」のうち登別温泉が筆頭でとなっている。もっとも、タモリさんご指摘のように、これは登別が筆頭にあるのは単に北から順番に並べただけとも言える。なおタモリさんの番組では以前に、草津、白浜、別府が放送されており、これでいい湯だなの4大温泉シリーズが完結されたことになる。
 放送によれば、登別温泉は年間300万人以上が訪れ(2019年登別市調べ)、人気温泉地ランキングでは全国3位(じゃらん人気温泉ランキング2022)になるなど、日本を代表する温泉地になっている。

 登別温泉の特徴の1つは、酸性の硫黄泉、酸性泉、鉄泉、芒硝泉、緑礬泉、明晩泉、中性の食塩泉、重曹泉、その他のラジウム泉というように伝統的な呼称で言うと全部で9種類もの泉質が湧いているところにあるという。泉質が多種多様である理由は、地下で熱せられたお湯が異なる通り道を通って湧き出してくるためと説明された。登別温泉の地獄谷は爆裂火口であるため、地盤に多数の亀裂が入っているため、もともとは硫黄泉1種であったものが、別々の通り道を通ったり、混ざり合ったりしてそれぞれの泉質に分かれていくということであった。このほか、中性の食塩泉については、マグマから直接もたらされた熱水に食が含まれており、その食塩水もまた通り道しだいで重曹泉やラジウム泉になると考えられているという。
 なお、私が地獄谷を訪れた時には遊歩道がつけられていて中のほうの間欠泉まで歩いて行くことができたが、放送では「昭和40年代までは地獄巡りができたが、転落事故があったため昭和46年以降は立ち入り禁止になった」と説明されていた。私が登別温泉を訪れたのは3回とも昭和46年以降であり、今でもある程度中までは見学できると思われる。

 放送の中ほどでは大湯沼や天然の足湯が紹介されていた【↑の写真参照】。大湯沼は周囲1km、約130℃の温泉が絶えず湧き出している日本最大規模の温泉の湖であるというが、そこからは温泉は引いていないという。確かにタモリさんご指摘のように勿体ないという気もする。その気になればブルーラグーンを超える巨大な露天風呂を造ることができると思われるのだが、それと引き換えに景観が破壊されてしまう。今の状態を保全することのほうがメリットが大きいように思う。

 放送の終わりのあたりでは、登別温泉までの交通手段が馬車鉄道(1915年〜、1916年の利用者約3万5000人)、蒸気機関車(1918年〜、1924年の利用者約6万2000人)、電車(1925年〜、1928年の利用者約12万1000人)、バス(1933年〜、1939年の利用者約17万6000人))というように、短期間で次々に変わっていった歴史が紹介されていた。
  • 馬車鉄道では馬が暴れたり運転手のストライキが続出
  • 蒸気機関車では煙突からの火の粉で山火事
  • 電車では、温泉街と同じ発電所から電力が供給されているために電力不足
といった問題が生じて、短期間での交代になった。

 放送の最後のところでは、クマ牧場から眺める倶多楽湖が紹介された。倶多楽湖は透明度は摩周湖に次いで国内第2位、形の丸さは日本一であるという。もっとも霧で見えないことが多いため、観光客をガッカリさせないために1958年にクマ牧場が開設されたという。他にも時代村、水族館、スキー場があるというが、私はクマ牧場以外は全く訪れたことがない。

 ということで、放送を通じて、私にとっても馴染み深い登別温泉の地質学的な理解、温泉の歴史などを知ることができた。私自身がこの先北海道旅行に出かけることはまず無いと思われるが、道南地域を廻る機会があれば登別にはぜひ1〜2泊したいところだ。