じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
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 ベランダのマユハケオモトが咲き揃った。今年は4鉢のうち2鉢だけ、合計4輪の開花にとどまった。長年育てているが、いまだに花をたくさん咲かせるコツがつかめない。昨年の写真は、こちら

2022年11月01日(火)



【連載】チコちゃんに叱られる!「電車に乗っていると眠くなるのはお母さんのおなかの中を思い出すから」という胡散臭い「説明」

 昨日に続いて、10月28日に初回放送された表記の番組についての感想・考察。本日は、
  1. 人はなぜ拍手をする?
  2. 「国宝」ってなに?
  3. 【2018年6月29日と同じ疑問】電車に乗っていると眠くなるのはなぜ?
という3つの話題のうち、最後の3.について考察する。

 10月30日にも言及したように、この話題は2018年6月29日にも取り上げられていたが私は視聴・録画しておらず、今回初めての視聴であった。解説者は、人の体と振動の関係性を45年も研究されている「ミスター振動」こと前田節雄先生(4年前は近畿大学、現在は英国ノッティンガムトレント大学客員教授)であった。前田先生は、「電車に乗っていると眠くなるのはお母さんのおなかの中を思い出すから」と説明された。

 前田先生によれば、基本的には、電車の中で聞いている音あるいは感じている振動は、赤ちゃんが胎内で聞いている時の音あるいは振動とよく似ている。さらにナレーションで
電車に乗っていると、カーブや線路のつなぎ目などの振動で、上下・前後・左右・回転などからだはあらゆる方向に揺られる。いっぽう胎内では母親が動いた振動が羊水を通じて伝わり赤ちゃんも揺られている。この両方が似ているということは理解できなくもない。しかし不思議なのは音。
と語られた。その電車の音が本当に胎内で聞こえる音と似ているのかについては、放送では、エアトレイン世界大会通算4度優勝の実績をもつ佐藤卓夫さんが登場し、実際にお腹の中の音を聞いてもらった。佐藤さんによれば、お腹の中の音は、高速走行している電車のトンネルの中のシーンに近いような気がする、と感想を述べられた。前田先生によれば、お腹の中の音の正体は、羊水の中にいる赤ちゃんに伝わる外からの音やお母さんの心拍音から構成されているという。

 放送ではさらに、出産の2日前に収録したお母さんの心拍音を泣きじゃくる我が子に聞かせると見事泣き止む、またお母さんの心拍音が子守歌のように作用するという事例が紹介された。ちなみに「心拍音 子守歌」で検索すると、YouTubeで心拍音や砂嵐音を組み合わせた音が多数公開されているようだ。

 前田先生によれば、電車の振動や音が胎内にいた時と同じように感じ取られた時に、赤ちゃんの羊水の中の記憶を思い出して、我々自身が快適さや安心感を思い出して、それが眠気に繋がっている可能性があると考えられているという。【ナレーション】つまり、電車に揺られて眠っている人たちは、お母さんの優しさに包まれているようなものだと言える。

 ここからは私の感想・考察になるが、この種の疑問ではまず、疑問そのものが本当に成り立つのか?という点からデータできっちり検証する必要があるように思う。「電車に乗ると眠くなる」というのは多くの場合、仕事や学校でくたびれた帰りの車内の中で体験することである。その場合、電車に乗ったから眠くなったのか、それともくたびれていて元々眠かった時に電車に乗ったのか、条件をいろいろ統制して比較しなければ確かなことは言えない。例えば、仕事や学校を終えた人を5群に分けて、同じ形の椅子に座ってもらい、(1)電車の音や振動を与える条件、(2)バス乗車時と同じ音や振動を与える条件、(3)音楽を聴かせる条件、(4)大学教授の難解な講義を聴かせる条件、(5)無音・無振動条件などを設定して、眠りに入るまでの時間や睡眠の深さなどを比較する。その上で(1)の条件で最も早く眠りに入ることが確認できた時に初めて「電車に乗ると眠くなる(=電車に乗ることによる音や振動刺激は眠りを誘発する効果がある)と確認することができる。しかし、(1)以外でもっと早く眠りにつくことが確認された場合は、「電車に乗ったらという原因で特別に眠くなるわけではない」ということになり、疑問そのものが成立しない。なお、多くの人たちが「電車に乗ると眠くなる」と感じるのは、

●電車内で眠ってしまうと寝過ごして目的の駅で降りられなくなってしまう。なので本来電車の中では眠ってはいけないはず。にもかかわらず眠くなってしまうのはなぜだろう?

というように、眠気が生じる文脈に注意を向けた結果であるとも考えられる。夜、布団に入ると眠くなる場合は、それがごく自然の現象であるゆえ、「布団に入ると眠くなるのはなぜだろう?」という疑問は起こらない。




 ここで100歩譲って、電車に乗った時の音や振動が睡眠を誘発する効果があると認めたとしても、それが「電車の振動や音が胎内にいた時と同じように感じ取られた時に、赤ちゃんの羊水の中の記憶を思い出して、我々自身が快適さや安心感を思い出して、それが眠気に繋がっている可能性がある」というのはちゃんちゃらおかしい。生まれて間もない赤ちゃんならともかく、通勤帰りの中高年者が羊水に居た時の記憶を思い出せるというのであれば、ちゃんと証拠を示してもらいたいところだ。
 振動に関して言えば、赤ちゃんを抱っこして揺らしてやれば泣き止むということは確かであるし、成人でもハンモックやリラックスチェアで揺らされると心地よいことは確かであるが、それだけの現象であるならば、「振動にはリラックス効果がある」と言えば済む。わざわざ、羊水の記憶を思い出したからと述べたところで、説明力が増えるわけではない。なんでもかんでも羊水の時の記憶にこじつけるならば、

●ぬるま湯の温泉に使ってリラックスできるのは、羊水の中の記憶が蘇り、その時の快適さや安心感が思い出されるから。

という解釈もできるが、これは単に「ぬるま湯の温泉にはリラックス効果がある」と述べていることと変わらず、「羊水の記憶」云々は冗長なコジツケにすぎない。同様に、

●暗い部屋のほうがよく眠れるのは、羊水の中の記憶が蘇り、その時の快適さや安心感が思い出されるから。

というのも、単に「暗い部屋のほうがよく眠れる」と述べれば済むことだ(←部屋が真っ暗だと眠れないという人もいるが)。

 世間では「胎教」の効果が各種宣伝されており、その中には有効なものもあれば、全く実証されていない金儲けもあると思う。しかしいずれにせよ、今回のように、羊水の中の記憶が中高年の居眠りにまで影響を与えるというような説は、あまりにも荒唐無稽であて、よほどの証拠が揃わない限りは、NHKでまことしやかに紹介するようなものでは無かろうと思う。