じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
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 8月28日は路線バス・路面電車の運賃無料DAYであったが、岡山県内では28日も、新型コロナの新規陽性確認者が3070人、死者4人というようにピークアウトにはほど遠いことから今回は遠出はしなかった。但し9月中旬に使用する切符をジパングクラブ割引で買うために、無料バスを利用して岡山駅のみどりの窓口まで往復した。
 ジパングクラブ(3割引)適用の切符は、少し前までは徒歩圏内の法界院駅で購入できたのだが、JR西日本の業務縮小により法界院駅のみどりの窓口が廃止となり、岡山駅までわざわざ出向く必要が生じるようになった。
 もちろん、切符は当日でも購入できるのだが、みどりの窓口が混雑していると時間通りの電車に乗れない恐れがある。先日、妻が旅行した時なども、乗車日とは別の日に切符の購入だけのためにわざわざ岡山駅まで送り迎えしたものだった(もっとも妻の購入した切符は、ネット予約、券売機で受け取りができる種類のものだったが)。
 岡山駅のみどりの窓口には数十人が行列を作っており【左のイラスト参照】、発券までに20分ほど待たされた。行列の間隔は密集しており、列に感染者が居た場合の濃厚接触は避けられそうにもなかった(数日後にCOCOAや関連サイトで確認する予定)。

 なお、今回の「無料バス」は、混雑を避けるため、いつもの天満屋バスターミナル経由ではなく、岡電47系統の「岡山駅西口〜岡大〜岡山理大」線を利用した。この路線を利用したことで、帰路、山の上にある岡山理大のバス停を経由することになった。理大の坂を登ったのは今回が初めてだが、期待通り、無料にもかかわらず、福居から理大までの乗客は私1名のみ、理大のバス停からは1名が乗車したものの、降車するまでは合計2名という少なさであった。

2022年8月29日(月)



【連載】ブラタモリ「境港・米子 〜思わずゲゲゲ! “鳥取のしっぽ”は不思議だらけ!?〜 」

 8月27日に初回放送された表記の番組の感想。

 今回取り上げられた境港、米子(皆生温泉)は、私にとっては最も馴染み深い観光地であり、かつては、家族でキャンプ、大山登山、海水浴(北浦海水浴場)、隠岐の島、大根島溶岩洞窟、とっとり花回廊、大山の各スキー場などを含めて何度も訪れたことがあった。また新型コロナ前には、孫たちと一緒に数回、近隣の観光地を訪れたことがあった。もっとも、これまで、島根半島、境水道、弓ヶ浜などの成り立ちについてはこれまで全く考えたことがなかった。

 放送によれば、今から2000万年前にユーラシア大陸から日本列島が分離。1500万年前には日本列島にフィリピン海プレートが沈み込むようになり日本列島が隆起。さらにユーラシア大陸とフィリピン海プレートという南北からの力が加わって断層が生まれ島根半島が隆起。その断層の南側が境水道にあたるということのようだ。

 次に驚いたのは、弓ヶ浜半島であった。この半島は、全長約17 km、幅約4 kmに及び、日本最大の面積を持つ砂州であるという。しかもそんなに広大な砂州は、内陸にある「たたら場」で砂鉄を取り終えた砂が日野川によって運ばれることで拡張していったという。ということは半人工的な地形ということになる。ちなみに、たたら製鉄は6世紀頃から始まり、最盛期の江戸から明治には日本の約8割の鉄を生産したという。

 放送によれば、もともと1200年前は、弓ヶ浜半島はいくつかの島に分かれていたが、1000年前頃には自然の砂の堆積により半島化。それが500年前になると、たたら製鉄により広大な半島となった。砂州の半分は人々の営みが作り出したものであったと解説された。

 弓ヶ浜半島が形成される前、境港のあたりは「夜見の島(よみのしま)」と呼ばれており、じっさい、海流で流された死体などが最後に行き着く場所になっていたという。このことが水木しげるの妖怪に結びついている可能性がある。

 放送の中頃では、砂地で栽培されている綿花が紹介されていた。砂地というと乾燥地帯というイメージがあるが、この半島の場合、砂地に数十cmほを穴を掘ると真水が湧き出してくる。これは、砂州の地下の深いところにある海水と、上部にある比重の軽い雨水(真水)が分離してしまう【淡水レンズ】ためということで、これまた意外であった。砂地や珊瑚礁でできた土地はこのような現象が起こるらしい。またこれは微妙なバランスであり、ネットで検索したところ、かつて中海の干拓が議論されていた時に、干拓が地下水位の上昇をもたらし、作物に障害が起きるであろうと懸念されたことがあったようだ。

 番組の終わりのところでは皆生温泉が紹介された。この温泉はもともと海底に湧いていたが、上記のたたら製鉄に伴う土砂の堆積により陸上からの湧出になったという。そして、そのたたら製鉄が閉鎖されたことによって今度は堆積が止まり、海岸の浸食が始まり昭和初期には危機に陥った。この浸食をくい止めるために、日本で初めての国の直轄事業として。離岸堤工法を採用した護岸工事が行われた。陸地と島とをつなぐ砂州は「トンボロ」と呼ばれているが、皆生温泉で人工的に作られたトンボロも、弓ヶ浜半島や、出雲や松江のあたりの砂州も形が似ており、同じ原理で形成されたと解説された。

 冒頭にも述べたが、境港や皆生温泉のエリアは、岡山県外では最も頻繁に訪れる観光地であった。コロナが収束した時点で、今回のブラタモリで得た新知識をふまえながら、再び訪れてのんびりと過ごしてみたいと思っている。