じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
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 1月30日の日記に、岡大構内のミモザの大木が強風で倒れた写真を掲載した。そのミモザは3月には倒れたままで花を咲かせたが、その後、新芽を出しており、完全に復活していることが確認できた。倒れた時にも何本かの太い根が繋がっていたためと思われるが、この先どうなるのだろうか。


2021年6月27日(日)



【小さな話題】立花隆「60代に別れを告げて70代に入ると...」

 4月30日に80歳で亡くなった立花隆さんの追悼企画として、文春オンラインに、

「数年以内に君たちは人生最大の失敗をする」立花隆が“6時間の最終講義”で東大生に語っていたこと 『二十歳の君へ』より

という記事が掲載されていた【2021.6.26.付】。

この記事は当時70歳だった立花さんが東大の特任教授を辞める際に行った6時間にも及ぶ最終講義の一部としてまとめられたものであり【講義の内容を収めた『二十歳の君へ』(文藝春秋)からの抜粋】、20歳代の学生に向けて発せられたメッセージではあったが、来年に70歳を迎える(←死んでいなければの話)私にとっても大変ためになる部分が含まれていた。記事の中で立花さんは、
今、60歳、70歳と一口に言ってしまいましたが、60代と70代は全然違うものだということが、自分が実際に70歳になってみてはじめて分かりました。何がそんなに違うのかというと、肉体的には大した変化はありません。変わったのは心理です。自分の死が見えてきたなという思いが急に出てきたのです。70歳の誕生日、60代に別れを告げて70代に入ったまさにその日、とうとう最後の一山を越えたんだなという思いがしました。そして今、目の前には70代という地平が広がっていますが、その向こう側に、自分の80代、90代という未来平面が広がっているかといったら、いません。70代の向こう側は、いつ来るか分からない不定型の死が広がっているだけという感じなのです。
と語っておられた。
 私自身のこの先の「人生の曲がり角」は70歳ジャストではなく、もう少し先の75歳、あるいはさらに先の80歳、さらに欲張って85歳、あたりではないかと思っていたところであり、立花さんの言う「70歳」というのはずいぶんと早すぎるように思われた。このような早い年齢で区切った一因には、立花さん御自身が2005年12月に膀胱癌の手術を受けていたこと(この時点で65歳)、また「1999年頃には前妻が末期がんに侵され、彼女の依願で病院に同行を繰り返したりするが、1年間の闘病の末2000年に死去。」といった出来事のほか、「幼少期より人の生と死の問題に関心を持ってきた」といったご事情(出典はいずれもウィキペディアによる)が、70歳という、比較的早い年齢を区切りとされたことにも関係しているようにも思われる。そして実際、立花さんは80歳11カ月でお亡くなりになっていることから、上掲の「その向こう側に、自分の80代、90代という未来平面が広がっているかといったら、いません。」という不安は見事に的中したとも言えよう。

 「人生の曲がり角は70歳ジャストではなく、もう少し先の75歳、あるいはさらに先の80歳、さらに欲張って85歳...」と書いたところではあるが、70歳を前にして体の各所に老化の兆候が出ていることは否めない。最近気になるのは視力の低下がさらに進んでいることで、来年の自動車免許更新前には精密検査を受ける必要がありそう。万が一車が運転できなくなると、行動範囲は大きく制約を受けることになる。また、今のところ歯は丈夫だが、70歳代になると急速に抜け落ちていく恐れがある。このほか、私自身が健康であっても妻のほうが先に要介護になれば、日常生活全体が大きく様変わりすることになる。

 ま、私自身もそれなりに終活は進めており、日々の生活は、じぶんの更新があればそれで充分であり、もはや中長期的な未来平面なるものは想定していないという境地に達しつつある。もっとも、まだまだ未整理の本や写真、廃棄をためらっている品々などあり、「まだやり残したことがいっぱいある」感にあふれている。可能な限り「もう、これでよい」にたどり着きたいものだ。