じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 毎日、朝食後と昼食後にヨーグルトと豆乳を混ぜたジュースを飲んでいる。このヨーグルトはヨーグルトメーカーで自家再生産しているが、少し前の健診で、脂肪の摂りすぎが指摘されており、成分無調整牛乳から低脂肪乳による再生産に切り替えたいと思っている。
 ところが、安物の低脂肪乳ではちっともうまくいかない。上澄み液と白い部分に分離し、白い部分は液体のままになっていた。そこで低脂肪乳ではなく、ちゃんとした低脂肪乳に切り替えてみたが、カスピ海ヨーグルトを種にした場合は、ちっとも固まらなかった。そのあと、ブルガリアヨーグルトを種にしたところ、酸味は十分であるものの、やはりトロミが不足していた。
 牛乳や加工乳でヨーグルトを作る時の留意点については、こちらこちらに有用な情報が提供されているが、温度設定や菌種についてはさらに詳しく実験してみる必要があるそうだ。
 それにしても、低脂肪乳や低脂肪牛乳ではなぜ固まりにくいのだろうか。ヨーグルトは乳酸菌が乳糖を分解して乳酸を作り、その乳酸がはカゼインによって凝固するものだと思っていたが、低脂肪でも成分無調整でも、乳糖やカゼインの量は大差ないはず。それとも乳脂肪が凝固に何らかの役割を果たしているのだろうか?


2020年12月07日(月)



【小さな話題】「辞書を編む人が選ぶ 今年の新語 2020」の「ぴえん」、「密」、「優勝」、「まである」

 12月7日のシブ5時で、

「三省堂 辞書を編む人が選ぶ 今年の新語 2020」

という話題を取り上げていた。少し前に決定した新語・流行語大賞とは選定の趣旨が異なっており、「その年に誕生したかに限定せずその年に広まった言葉であることや、その年限りではなく今後定着し、辞書に載せてもおかしくない言葉であること」を重視しているという。でもって、今年の新語として選ばれたのは、
  • 大賞 ぴえん
  • 2位 ○○警察
  • 3位 密
  • 4位 リモート
  • 5位 マンスプレイニング
  • 6位 優勝
  • 7位 ごりごり
  • 8位 まである
  • 9位 グランピング
  • 10位 チバニアン
であるというが、この中で私が知っている言葉は「○○警察」、「密」、「リモート」、「チバニアン」の4語だけであり、大賞に選ばれたという「ぴえん」については一度たりとも見聞きしたことが無かった。

 番組によれば、大賞の「ぴえん」は、
(若者言葉で)軽度の悲しみや落胆、また喜びや感激の気持ちを表す語。
と定義されているという。悲しみや喜びにはいろいろな程度があるが、これまで日本語には、軽度の感情表現を表す言葉が無かった。その隙間を埋めるのが「ぴえん」であるらしい。どっちにしても私が使うことはなさそう。
 第三位の「密」は、流行語大賞にもなった「三密」などで使われるが、辞書を編む人から見れば、「三密」はいずれコロナが収束すれば使われなくなるのでそのままでは辞書に載らない。重要な点は「三密」に使われている「密」が従来の辞書の定義と異なり、
人と人との間隔が危険に思えるほど狭く閉じられていること。
という意味で使われていることにある。こういう新しい意味が拡張され「あの二人は密っている」というような新しい用法が使われる可能性があるらしい。

 第六位の「優勝」は、
  • 新しいCMに出てくるあのグループのメンバーは全員優勝している
  • 今日は有休とってカフェで優勝タイプ♪
というように使われているというが、私には全く実感がわかない。

 特に興味深いのは第八位の「まである」で、これは、
  • このドラマが好き過ぎてDVD買うまである
  • 鬼滅の刃の人気、ここまで来ると怖いまである
といった使い方をするもので、「買う」という行動をしたり、「怖い」と感じるようになるほど程度が強いという意味になるらしい。新語はたいがい名詞や動詞であり、従来語を新語に言い換えだけで使えるが、「まである」というのは、この言い方を習わないと成立しない、日本語文法の変更を迫る表現となっている。こういう変更は、少数派が仲間内で使われる限りは言葉の乱れとしていずれ是正されるが、多数が普通に使うようになると、日本語文法のほうが変更を迫られることになる。この「まである」と言う表現を含め、番組の中で飯間浩明さんは、新語について
新しい言葉が生まれるというのは、世の中や人々の意識に変化があった証し。変化を拒否するのではなく楽しむ姿勢が広まったほしい。【句読点や改行部分は長谷川により改変】
とコメントしておられた。

 第八位の「まである」という表現だが、私はこれは、金谷武洋先生の「日本語はある、英語はする」理論で説明できるように思う。金谷先生ご指摘のように、日本語は「ある」を使って様々な表現をつくり出しており、
  • 動詞の過去形、例えば「討ち取った」は「討ち取って、あり」
  • 「お金を持っている」は「お金がある」
  • 「んです(であります)」というように行為文を存在文に変える
  • 自動詞の中にはローマ字表記すると「-aru」で終わるものが多い。止まる、閉まる、始まる、変わる、伝わる、など。
  • 形容動詞の「な」はもともと「なる」→「にある」というあるから派生
  • 接続詞や仮定表現も「ある」起源。だが、だから、たら、なら、など。
  • 受身と使役、敬語表現などにおける「ある」の役割。
というように様々なところで「ある」が暗躍している。

 あくまで私個人の推測だが、「DVD買うまである」、「怖いまである」という時の「ある」は、DVDを買った人や怖いと感じた人の個人の行為のレベルを超えて、人の力が及ばないほどの凄さを表現しているという点で「ある」が使われているのではないかと思われる。