じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 このところ、日没前に、ドアノブと廊下の壁に花火のような光点が出現するようになった。原因は、カーテンの隙間から日が射し込み、ドアノブに吊り下げているクリスタルの飾りがプリズムになって虹色の光点を投映していることが分かった。
 カーテンの隙間から廊下まで日が射し込むのは、秋分の日の少し前と、春分の日の少し後の期間に限られており、この現象はその時期限定となっている。

2020年9月15日(火)



【連載】「刺激、操作、機能、条件、要因、文脈」をどう区別するか?(7)随伴性概念と時系列

 昨日の続き。確立操作について考察する前に、行動分析学の基本概念である「随伴性」について、隠居人なりの考えを述べておくことにしたい。
 「随伴性」は、「行動随伴性」あるいは「三項随伴性」とも呼ばれる。この2つの呼称は、若干、立場を異にしているようにも思われる。【この議論については長谷川版でも取り上げたことがあった。】
  • 「行動随伴性」という概念では、「オペラント行動(反応)は先行刺激(弁別刺激など)があってもなくても「自発される」ということを前提としているように思われる。
  • 「三項随伴性」は「Atecedent:先行要因」→「Behavior:行動」→「Consequence:結果」という三項で行動を理解しようとする立場であり、頭文字をとって「ABC分析」とも呼ばれる。「行動随伴性」との違いは、三項のうちの第一項、つまり先行要因を重視していることにある。
 「行動随伴性」と「三項随伴性」は、どちらが正しいかというような議論対象ではない。行動の説明や、教育・臨床場面への応用において、どちらの枠組みがより有用であるのかという点で、ケースバイケースで決まってくるように思われる。

 さて、「行動随伴性」「三項随伴性」いずれにおいても、

「行動の直前条件(先行要因)」→行動→「行動の直後の結果」

というように時系列の枠組みが基本となっているが、私は隠居生活に入る前からこの点に疑問をいだいていた。
  1. 上記の時系列はどのくらいのスパンを想定しているのか?
  2. 随伴性の中には、行動と平行して結果が伴う場合があるのではないか?
 まず1.の点だが、これには微視的な視点(短期的な視点)と巨視的な視点(長期的な視点)がある。
 微視的な視点というのは、1回1回の反応と反応直後の強化子(好子)の関係についての枠組みである。「強化の遅延の影響」というときの遅延時間はこの微視的な視点において実験的に検討される。
 しかし、人間の日常行生活では、もっと長期のスパンで行動が強化されている。例えば賃金労働は日本では月給で強化されているが、秒単位の作業をするたびにその直後に報酬を得ているわけではない。これらは、強化スケジュールや日々の習得性強化子(好子)の随伴によっても説明できないわけではないが、通常は「月単位の労働→月給」というスパンで捉えれば十分であろう。

 2.の疑問は、ピアノを自分で弾いて楽しむようなケースである。ある程度上達した人であれば、別段、他者から褒められなくても、ピアノを弾いて一時を過ごすことがあるが、この場合、

●1つ1つの鍵盤を叩く(弾く)という反応の直後に、対応する音が結果として随伴する

という「随伴性」で強化されているわけではない。おそらく、

●滑らかに弾き続けるという行動と平行して美しいメロディーが流れる(結果)

という形で強化されているのではないかと思われる。

 同様の事例は、「(人から褒められたりせず、競技大会を目ざしているわけでもないのに)ジョギングを楽しむ」、「独りだけでカラオケを楽しむ」というようなケースについても言える。

 こうしてみると、「行動の結果」というのは、「行動の直後に生じた変化」というよりは「行動に依存した変化」と捉えたほうが良さそうにも見える。要するに、
  • 行動すれば、その変化は生じる【ピアノを弾けばメロディーが流れる】
  • 行動しなければ、その変化は生じない【ピアノを弾かない限り、メロディーは流れない】
 とはいえ、「随伴性」という概念は、その語源を見てもわかる通り、「行動」と「その変化」の間の因果性は前提としていない。時系列の枠組みを「依存性」に置き換えてしまうことには別の問題が生じる。しいて言えば、時系列の枠組みの代わりに、

●「行動の結果」とは、「行動に依存した環境変化」のこと。但し、「依存」には、第三者が付加した変化や、(ジンクスや迷信行動の原因として知られる)偶発的変化のような擬似的な依存関係を含むものとする。

とでもすれば、より広範な現象を扱えるようになるかもしれない。

不定期ながら、次回に続く。