じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



09月のインデックスへ戻る
最新版へ戻る

 台風10号(アジア名は「海神」)の接近が心配されているが、気象庁の台風情報によると、9月2日の予想進路より9月3日の予想進路のほうがやや西寄りに修正された。1つ前の台風9号でも、予想進路はいったん東寄りに修正され、その後、再び西寄りに修正されている。台風の東進を阻む太平洋高気圧の勢力の評価がなかなか難しいようだ。台風が西寄りに進めば日本の被害は減るが、韓国のほうは大変になりそう。

2020年9月2日(水)



【連載】又吉直樹のヘウレーカ!「不便ってそんなに悪いもの?」(4)不便益カードとKJ法の思い出

 昨日に続いて、7月29日初回放送の、

又吉直樹のヘウレーカ!「不便ってそんなに悪いもの?」

についての感想と考察。

 番組ではさらに、「不便だからこそ(手間がかかるからこそ)得られるもの」として8つのポイントが挙げられた。
  1. 安心できる
  2. 工夫できる
  3. 上達できる
  4. 能力低下を防ぐ
  5. 発見できる
  6. 対象系を理解できる
  7. 主体性が持てる
  8. 俺だけ感がある
 不便益は事例や個人の感じ方によって異なるが、上記をカード化することで、ある不便に対して当事者自身がどのような益を得たのかを見つけやすくすることができる。又吉さんのだし巻きたまごの例では、「対象系を理解できる(だし巻きたまごの製造法)」、「発見できる(だし巻きたまごの新しい作り方)」、「俺だけ感がある」、「工夫できる」、「上達できる」などが該当するとされた。
 なお、不便から得られる益8種のカードのほか、「益の得やすい不便12種」というカードもあり、いずれもこちらからダウンロードしてカードを作ることができる。

 ここからは私の感想になるが、上記の「不便から得られる益カード8種」はどのようにして抽出されたのだろうか。番組によれば、これらは20年以上にわたる川上先生のフィールド調査から抽出されたものであるというが、映像を拝見したところ、ホワイトボードに付箋を貼りつけたり貼り替えたりする作業が行われていたことから、どうやらこの抽出は、KJ法【「KJ法」は、川喜田研究所の登録商標】もしくはそれに準じた質的分析を使ったものであると拝察された。

 このKJ法(あるいはそれに準じた方法)は、現役時代、私の所属する心理学教室の卒論でけっこう流行した研究方法であった。私の教室では、卒論は経験科学の方法を用いることが暗黙の前提となっており(←総説論文では不可)、結果として、実験的方法や質問紙法調査が大半を占めていたが、質的心理学の台頭などもあって、第3の方法として、面接法とKJ法まがいの手法をセットにした研究がかなりの数を占めるようになってきた。

 こうした方法は質問紙法の多数決論理では見えてこないような特異事例を発見する可能性を秘めているが、当事者が言語化できない(報告できない)効果を発見するのは原理的に困難である。上掲の「不便益」においても、当事者が気がつかなかったような効用は報告されることが無いため、カードに含まれる可能性はありえない。といっても、単に研究者が自分の思い込みだけで概念化するよりは、望ましいとは思う。

 私が現役の頃、毎年平均5名程度が私のゼミに所属していたが、長谷川ゼミの最大の特長は「自由な学風」つまり、テーマ自由、研究方法も自由となっていた。この指導方針は、私自身が卒業した大学の精神を受け継いだものである。いっぽう、同じ心理学教室の中には、御自身の研究に関連したテーマだけを選ばせ、教員の研究を支えるような卒論を指導している教員もおられた。学生からしてみれば、テーマを与えられて指示通りにデータを集めて分析するというのは、かなりハードであり、それがイヤで長谷川ゼミにやってきた学生も少なくなかったように思われる。ところが、私のゼミのほうは、自分でテーマを選ばないと全く先に進めない。また、方法として質問紙調査や質的研究を選んだ学生は、自分でやり方を学ぶ必要があった。というように見てみると、長谷川ゼミというのは、「不便益ゼミ」そのものであったという気がしないでもない。その不便益が、卒業後のご活躍に役立っていることに期待したい。

 次回に続く。