じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
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 平均値のわずかな違いが大きな違いをもたらす例:
 人口がほぼ同じのA国とB国があったとする。A国の男性の身長は平均172cm、標準偏差は4cm、B国の男性の身長は平均176cm、標準偏差は4cmであったとする。
  1. 身長168cm以下の男性の人数は、A国とB国でどのくらいの違いがあるか?
  2. 身長160cm以下の男性の人数は、A国とB国でどのくらいの違いがあるか?

 なお、身長は正規分布に近いと仮定。↓の記事参照。


2020年7月29日(水)



【連載】新型コロナ感染拡大と「感染7段階モデル」(1)わずかな差が大きな違いを生む

 新型コロナウイルスの感染はさらに拡大し、7月29日の新たな感染者(正確には検査で新たに陽性が確認された人)は全国で1264人となり1日の感染者数が初めて1000人を超えた。これまで感染者ゼロを続けていた岩手県でも初めて2人の感染が確認。私の住む岡山県では、新たに5人の感染が確認され累計でのべ71人となった。また、死亡した人は新たに4人増えて、累計で1006人となった(クルーズ船乗船者を含めると1019人)。
 いっぽう、ジョンズ・ホプキンス大学のまとめによると、日本時間7月30日午前3時の時点で、世界全体の感染者数は1681万315人、亡くなった人は66万1917人に上っている。同じく午前5時の集計によると、アメリカで死亡した人は15万34人となり、15万人を超えた。ニューヨーク・タイムズによると、29日の時点で、西部アリゾナ州や南部テキサス州など全米の半数近い23州で、死者数の増加ペースが上がり始めており、ここ数日は1日あたり1000人前後が死亡しているという【以上、NHKオンラインニュースに基づく】。

 こうした現状のなか、最近では、専門家のあいだでも色々な説が出てきており、どれを信じてよいのか分からなくなってきた。大臣や都道府県知事の会見も、以前ほどには信頼されなくなっているという気もする。

 私自身が最近納得しているのは、高橋泰教授の「感染7段階モデル」である。このモデルは、
  1. 事実に基づいて、日本で重症化率や死亡率が少ない理由を説明している。
  2. 今後について明確な指針を示しておられる。
という点で優れているように思う。

 さて、1.の「日本で重症化率や死亡率が少ない理由」であるが、私がなるほどと思ったのは、当該記事の4頁目にある自然免疫力のわずかな差が大きな違いを生むというご指摘であった。リンク先では、自然免疫力がの差が僅かであっても、大きな違いが生まれるという理由が、正規分布の面積の違いで説明されていた。
 この「正規分布の重なり」は、私自身もかつては数理統計や心理統計の授業を担当したことがあるので、おなじみである。上掲の図で、
 人口がほぼ同じのA国とB国があったとする。A国の男性の身長は平均172cm、標準偏差は4cm、B国の男性の身長は平均176cm、標準偏差は4cmであったとする。
  1. 身長168cm以下の男性の人数は、A国とB国でどのくらいの違いがあるか?
  2. 身長160cm以下の男性の人数は、A国とB国でどのくらいの違いがあるか?

 なお、身長は正規分布に近いと仮定。
というクイズを作ってみた。この問題を解くには、直接計算、もしくは、統計学の入門書などに載っている数表を参照する必要がある。私の計算に間違いがなければ、
  1. 身長168cm以下の男性の人数は、A国では全体の15.866%、B国では全体の2.275%。なので、A国の身長168cm以下の男性はB国の6.97倍。
  2. 身長160cm以下の男性の人数は、A国では全体の0.135%、B国では全体の0.0017%。なので、A国の身長168cm以下の男性はB国の79.41倍。
というようになる。この「身長○○cm以下」を「発症カットオフ値」に、また身長の分布を「自然免疫力の分布」に置き換えれば、発症者や重症者の比率が、日本人と欧米人で1桁あるいは2桁も違うということをある程度説明することができる。

 但し、感染の問題を正規分布で考える場合にはいくつか注意が必要であるように思う。

 まず感染というのは、正規分布の大前提となる「独立事象」ではないという点。クラスターが発生すれば、そこにいる人の感染確率は大幅に上昇する。但し、このことは、感染率や重症化率の差をさらに広げる方向に歪むので、上記の「わずかな差が大きな違いを生む」という説明自体を覆すものではない。

 第2に、「自然免疫力」というものが、リンク先で仮定されているように一次元的に定量化できるのかどうか、もう少し多元的にとらえる必要があるのではないかという点。もっとも素人の私には何とも言えない。




 いずれにせよ、これまでのところは、日本人のほうが欧米人より、僅かな量だけ「自然免疫力」が高く、これによって感染率、重症化率、死亡率などの「桁違いの低さ」を維持してきたという仮説は、ある程度、説得力を持っているように思われる。
 なお、念のため言っておくが、「日本人は重症化しにくい」というのは、春節、クルーズ船、緊急事態宣言などを経て、膨大なデータが蓄積された今だからこそ主張できる仮説である。2〜3月時点ですでに「新型コロナは風邪に毛の生えたようなもので大したことはない」と口にしている人はいたが、それは事実に基づいた主張ではなかった。実際、そういう楽観論をとった国々では大量の犠牲者を出してしまった。「日本人は重症化しにくい」というのはあくまで、あとから結果として分かった特徴である。かんべえさんも言及しておられたが、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」に喩えれば、あくまで「ある国で重症化が少ないのは不思議、ある国で重症化が多いのには明確な原因あり」と捉えるべきであろう。

 それと、もし「自然免疫力の僅かな差」という説が正しいとすると、この先、何らかの環境的原因によって日本人の自然免疫力が低下すれば、今の段階では想像できないほどに感染者、重症者が爆発的に増加する恐れは否定できない。「タモリ×山中伸弥 人体 VS ウイルス〜驚異の免疫ネットワーク〜」の中で山中先生が言っておられたが、免疫力というのはそう簡単には上げられないいっぽう、「ストレスや運動のやり過ぎなどで簡単に下がってしまう」という特徴がある。ま、日本人全体が固有のストレスに晒されることはあるまいが、台風や地震などの自然災害が重なったり、冬場の寒気や乾燥によって自然免疫力が低下する可能性は無いとは言えない。

 冒頭に述べたように、7月29日の新たな感染者(正確には検査で新たに陽性が確認された人)は全国で1264人となり1日の感染者数が初めて1000人を超えた。検査対象を増やしたためだとも言われているが、オーストラリア、イスラエル、フランス、ドイツなどでも再び感染者が増えていると聞く。リンク先の最後のところで高橋泰教授が述べておられるように、
第2波が来たと判断したら、最初にやるべきはPCR検査の拡大ではなく、ウイルスの遺伝子解析だ。従来と同じ型のものなのか、違うものが来たのかを判別することが重要だろう。感染者を捕まえて隔離することより、感染パターンを把握することが重要だ。感染力が上がったのか、毒性が強まって死亡率が上昇するのか。それに応じて対策も変わる。
という視点は極めて重要。感染者数の増減に一喜一憂しているだけでは解決には繋がらない。

 次回に続く。